山本宗宜
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山本 宗宜(やまもと むねよし、1986年〈昭和61年〉5月11日 - )は、日本の実業家。
東京都品川区生まれ、埼玉県浦和市(現さいたま市南区)育ち。株式会社東洋トラスト(東京都中央区)代表取締役。芸能プロダクション「イエローキャブ」の前社長。
来歴
東京都品川区旗の台生まれ。3歳の頃に浦和市(現さいたま市南区)へ転居。浦和市立大谷口小学校、さいたま市立大谷口中学校、二松学舎大学附属高等学校に進学。
高校卒業後は六本木のナイトクラブに勤務し、バーテンダーからVIPを担当とするマネージャーとしていくつかの店舗をみていた。27歳で独立し、イベント企画・制作の事業を始め日本全国のイベントスペースでDJイベントなどを開催。
その後、通信事業の会社を設立し大手通信事業社の代理店として営業活動を行なっていた。
2019年5月より芸能事務所イエローキャブの経営に携わり、2020年12月に同社代表取締役就任。
社長就任後は積極的にタレントの獲得に努め、更には2022年より業界初のフランチャイズ展開を指揮。多くのメディアへ自ら出演しフランチャイズの普及に尽力した。
イエローキャブ取得から退任まで
32歳の際に、投資家とイエローキャブのライセンスを取得し芸能事務所の運営をスタート。 年齢が1番下だったこともあり、最初はマネージャーとして業務を行い。その後、チーフマネージャー、1年後には取締役へと就任。
コロナ禍において、芸能活動のオンライン領域化へ尽力し自社オンラインプラットフォームの制作、そこでの交流イベントやライヴ配信の積極的な取り入れによりコロナ禍においても売上を増加させることに成功。34歳で、株式会社イエローキャブ 代表取締役へと就任。
2022年初頭、YouTubeメディアである「令和の虎」やその他のメディアに出演し芸能界で初となる芸能事務所のフランチャイズ化を発表[1]。
その後、全国各地で説明会などを開催し現在全国に17の事務所が開設しており、イエローキャブ全体でのタレント数は100人を越える[2]。
2022年9月、株式会社イエローキャブの株式が令和の虎を運営する株式会社MONOLITH Japanへと移り、イエローキャブはその子会社となるも引き続き代表取締役を継続。
令和の虎やその関連チャンネルへ断続的に出演し、令和の虎にて自身が主宰を務める芸能版TigerFundingがスタート。
2024年2月、日本代理店協会が主催する優良ビジネス認定において、イエローキャブフランチャイズが金賞を受賞[3]。
2024年6月末をもち同社代表取締役から退任、その後同年9月末をもって取締役からも退任。
イエローキャブ退任後
2023年6月、東洋トラスト合同会社を東京都中央区に設立し代表を務める。
2024年10月に株式会社東洋トラストへと組織変更を行い、代表取締役就任。主に、広告代理業をメイン事業としテレビ番組の企画・取次やタレントのキャスティング等を行なっている。
脚注
- ^ 芸能事務所のフランチャイズ化を発表
- ^ “イエローキャブ公式サイト”. 2025年3月10日閲覧。
- ^ イエローキャブフランチャイズが金賞を受賞
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