エドマンド・バトラー (第4代マウントガーレット子爵)とは? わかりやすく解説

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エドマンド・バトラー (第4代マウントガーレット子爵)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/12 15:16 UTC 版)

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第4代マウントガーレット子爵エドマンド・"ロー"・バトラー英語: Edmund "Roe" Butler, 4th Viscount Mountgarret1595年ごろ – 1679年)は、アイルランド貴族1641年アイルランド反乱英語版に参加したが、イングランド共和国期ではチャールズ・ステュアート(後の国王チャールズ2世)の軍に入り、王政復古の後に恩赦を受けた。

生涯

第3代マウントガーレット子爵リチャード・バトラー英語版と1人目の妻マーガレット(Margaret、旧姓オニール(O'Neill)、1600年12月以降に死去、第2代ティロン伯爵ヒュー・オニールの娘)の息子として[1]、1596年ごろに生まれた[2]

父と同じく1641年アイルランド反乱英語版に参加、1646年にキルケニー総督(Governor of Kilkenny)を務めた[1]。1651年に父が死去すると、マウントガーレット子爵位を継承した[1]

イングランド共和国期ではチャールズ・ステュアート(後の国王チャールズ2世)の軍で大尉を務め、イングランド王政復古の後の1660年12月12日にチャールズ2世から反乱への加担について恩赦を受け[1]、1661年には領地も返還された[2]。1663年にカトリック貴族からチャールズ2世への抗議文が送られたとき、マウントガーレット子爵は抗議文を送った貴族の1人だった[1]

1679年4月5日と6月24日の間に死去、息子リチャードが爵位を継承した[1]

家族

1人目の妻はドロシー・トゥチェット(Dorothy Touchet、1635年2月10日没、第2代キャッスルヘイヴン伯爵マーヴィン・トゥチェット英語版の娘)で、2人は2男2女をもうけた[2]

  • リチャード(1707年没) - 第5代マウントガーレット子爵
  • ジェームズ - 早世
  • マーガレット - 生涯未婚
  • エリザベス - サットン氏(Sutton)と結婚したが、子供をもうけなかった

1635年、アン・サッチャー(Anne Thatcher、1636年没、ウィリアム・サッチャーの未亡人、サー・トマス・トレシャムの娘)と再婚した[2]

1637年、エリザベス・コンヤーズ(Elizabeth Conyers、1674年12月18日没、ウィリアム・コンヤーズの未亡人、サー・ジョージ・シメオンの娘)と再婚、1男1女をもうけた[2]

  • エドワード - エリザベス・マシュー(Elizabeth Mathew、ジョージ・マシューの娘)と結婚、子供あり
  • エリザベス

出典

  1. ^ a b c d e f Cokayne, George Edward, ed. (1893). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (L to M) (英語). 5 (1st ed.). London: George Bell & Sons. p. 396.
  2. ^ a b c d e "Mountgarret, Viscount (I, 1550)". Cracroft's Peerage (英語). 17 April 2017. 2020年12月12日閲覧
アイルランドの爵位
先代:
リチャード・バトラー英語版
マウントガーレット子爵
1651年 – 1679年
次代:
リチャード・バトラー



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