ボーイング・ステアマン モデル75 概要

ボーイング・ステアマン モデル75

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/02 15:23 UTC 版)

概要

1927年に設立したステアマン・エアクラフトは民間向けの複葉機を製造し、1930年代前半から軍用練習機の開発を開始し基本形となるX-70アメリカ陸軍航空軍へ売り込んたがこの時は採用されず、新しい初等練習機を検討していたアメリカ海軍が採用した。1939年にステアマン・エアクラフトがボーイングに買収された後も『Wichita 75』として生産が継続され、後にモデル75に名称が変更された。陸軍航空軍では1939年にPT-19を採用したが、需要が増加したためケイデットも平行して採用された。ステアマンは練習機として低翼単葉機のXBT-17も売り込んでいたが、こちらは評価試験のみで終了した。

第二次世界大戦の勃発で需要が急増し大量に生産されたことでボーイングに大きな利益をもたらしたが、終戦により注文がキャンセルされたこともあり生産を停止した。これ以降ボーイングでは軽飛行機を製造しておらず、ケイデットが最後の製品となった。軍から払い下げられた練習機が多数放出され、民間で練習機や農業機として利用された。

構造

1930年代には複葉機は時代遅れとなりつつあり、練習機でも羽布張りだが単葉で胴体には鋼管骨組みを採用したPT-19も登場していた。ケイデットはフレームの一部に材を使用し翼は布張り[2]、油圧式のショックアブソーバを標準装備しているものの降着装置は固定式という旧態依然とした設計であった。しかし、単純な構造のため頑丈で初等練習機としては十分な性能を備えていた。

同時期に採用されたPT-19やライアン STと比べ構造が単純なことに加え、当時は木製複葉機の製造に慣れた工員も多く、低コストで大量生産が可能だった。特に戦時中は需要に対応することが出来たのはケイデットのみであった。

座席は訓練生が前、教官が後ろに座る独立したタンデム式で、風防は前面のみ装備されている。エンジンや車輪は剥き出しであるが一部のユーザーはカウルを装着するなどの改修を行っている。第二次世界大戦後に民間に放出され農業機に改造された機体は、前席を肥料や農薬を散布する装備を搭載するスペースへ転用する例もある。

70年以上前の機体であるが構造が単純なため整備やパーツ製造が容易なこともあり、現代の基準に適合した計器類や無線機を追加したレストア機が10万ドル以下(2019年時点)で取引されている[3]

アメリカでは大戦中の塗装を施したレストア機が各地の航空ショーで飛行を行っている。

バリエーション

アメリカ陸軍航空軍

アメリカ陸軍航空軍ではエンジンの種類により3種類のタイプに区別していた。陸軍航空軍向けの総生産数は約6,000機以上となっている。

PT-13
ライカミングR-680を搭載したモデル[4]。2,141機が製造された。
PT-13 最初期の生産型。R-680-B4B エンジンを搭載。26機製造。
PT-13A R-680-7 エンジンを搭載。1937年から38年に92機が製造された。モデル A-75とも呼ばれる。
PT-13B R-680-11 エンジンを搭載。1939年から40年に255機が製造された。
PT-13C 計器飛行訓練用モデルで、6機がPT-13Bから改造された。
PT-13D PT-13AにR-680-17 エンジンを搭載したもの。35機製造。モデル E-75とも呼ばれる。
PT-17
コンチネンタルR-670-5を搭載したモデル。3,519機が製造された。
PT-17A 暗視界飛行訓練用モデルで、18機がPT-17から改造された。
PT-17B 農薬散布装置を搭載したモデルで、3機がPT-17から改造された。
PT-18
Jacobs R-755を搭載したモデル。150機が製造された。
PT-18A 暗視界飛行訓練用モデルで、6機がPT-18から改造された。
PT-27
PT-17のカナダ向け輸出モデル。レンドリース法により301機がカナダ空軍に供与された。

アメリカ海軍

海軍向けは黄色く塗装されていたため、"イエロー・ペリル"のニックネームで知られる。総生産数は約4,400機以上となっている。

NS
海軍向けに61機製造。出力220hp (164kW) の Wright J-5 Whirlwindエンジンを搭載したモデル。[5]
N2S
N2S-1 R-670-14 エンジンを搭載。250機がアメリカ海軍に供給された。
N2S-2 R-680-8 エンジンを搭載。125機がアメリカ海軍に供給された。
N2S-3 R-670-4 エンジンを搭載。1,875機がアメリカ海軍に供給された。
N2S-4 99機がアメリカ陸軍から海軍に譲渡され、さらに577機が海軍向けに新造された。
N2S-5 R-680-17 エンジンを搭載。1,450がアメリカ海軍に供給された。
N2S Ambulance 後部座席を撤去し負傷兵を担架ごと乗せられるように改造した救急輸送型。

ステアマンによる分類

ステアマン X-70
最初に製造された試作機。出力215 hp (160 kW)のライカミング製エンジンを搭載。評価試験時の名称は XPT-943 であった[6]
モデル 73
最初期の量産型。アメリカ海軍向けにNSとして61機製造された。輸出も行われている[5]
モデル 73L3
フィリピン向け輸出モデル。出力200 hp (150 kW)のR-680-4 または R-680C1 エンジン搭載。7機製造[7]
モデル A73B1
キューバ軍向け輸出モデル。出力235 hp (175 kW)のライト R-790エンジンを搭載。1938年から40年にかけて7機製造[7]
モデル A73L3
フィリピン向けの改良型。3機製造[8]
ステアマン X-75 (モデル75)
アメリカ陸軍航空隊により評価試験を受けたモデルで、X-75L3が PT-13 の原型となった。別の派生モデルはPT-17の原型機種となっている。
ステアマン 76 (モデル76)
ステアマン 75 (X-75)の輸出用モデル。訓練用および武装タイプ。
ステアマン X-90 / X-91
金属製フレームを使用したモデルで、 XBT-17に発展した。
ステアマン XPT-943
X-70の評価試験時のモデル名。
American Airmotive NA-75
American Airmotive社が米軍払い下げの機体を改修した単座の農業用モデル[9]

  1. ^ 訓練生や士官候補生を意味するカデット(cadet)をドイツ語風(Kadett)に読む軍隊用語。アメリカ軍では初等練習機を意味する。
  2. ^ ボーイングが1929年に製造したF4Bも布張りの胴体の複葉機だったが、初期から鋼管骨組で後期型からは金属モノコックに変更されている。
  3. ^ 中古機の価格例
  4. ^ NMUSAF fact sheet: Stearman PT-13D Kaydet Archived 2010年8月1日, at the Wayback Machine.. Retrieved 18 May 2010.
  5. ^ a b Bowers 1989, pp.252-253.
  6. ^ Bowers 1989, pp. 251–252.
  7. ^ a b Bowers 1989, p. 253.
  8. ^ Bowers 1989, p. 254.
  9. ^ Taylor 1965, p. 178.
  10. ^ Bowers 1989, p. 268.
  11. ^ BOEING STEARMAN N2S KAYDET” (Spanish). Fuerzas Navales. Jorge N. Padín (2000年). 2014年5月16日閲覧。
  12. ^ a b c d e f Andrade 1979, p. 159
  13. ^ a b c d e Andrade 1979, p. 158
  14. ^ Bowers 1989, p. 265.
  15. ^ Bowers 1989, p. 262.
  16. ^ Bowers 1989, pp. 260–261.
  17. ^ a b c d e Boeing-Stearman Kadyet”. Military Factory (2013年6月20日). 2014年5月17日閲覧。
  18. ^ Nordeen 1991, p. 27.
  19. ^ 上部主翼の上で人間がパフォーマンスを行う曲技飛行の演目
  20. ^ Swanborough and Bowers 1963, p. 443.





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