第二次カルリスタ戦争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/17 05:48 UTC 版)
「カルリスタ戦争」の記事における「第二次カルリスタ戦争」の解説
詳細は「第二次カルリスタ戦争(英語版)」を参照 1846年9月から1849年5月まで続いたカタルーニャの反乱であり、ガリシアにも飛び火した。暴徒はモンテモリン伯カルロスをイサベル2世と結婚させ、カルロス6世として王位につけようとした。イサベル2世は1846年10月にフランシスコ・デ・ボルボーンと結婚したが、反乱はその後3年も続き、死者の数は3千から1万とされる。ガリシアで起きた反乱はラモン・マリア・ナルバエス(英語版)将軍が鎮圧した。反乱後の1849年6月、カルリスタには恩赦が与えられた。 バスク地方では反乱がほとんどなかったためカウントされず、第三次カルリスタ戦争が「第二次」とされる。
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