竹葉軍の伝説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/30 07:37 UTC 版)
『三国史記』新羅本紀の儒礼尼師今紀や『三国遺事』紀異・未鄒王竹葉軍条には、次のような説話が伝わっている。 儒礼尼師今の14年(297年)、伊西国(慶尚北道清道郡)が攻めてきて首都金城を囲んだとき、新羅では大軍を率いて防戦に努めたが、なかなか退けることができなかった。不意に異形の兵が数え切れないほど現れ、新羅の兵と一緒になって伊西古国の軍を破ることができた。これらの異形の兵は竹の葉の耳飾をつけており、戦いが止むと何処ともなく消え失せてしまった。ある人が竹長陵(味鄒尼師今の陵墓)に竹の葉が数万枚も積み重なっているのを見て、これは味鄒尼師今が幻術による兵を用いて戦を援けてくれたのだ、と考えた。
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