石川頼明
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/09 02:13 UTC 版)
石川 頼明(いしかわ よりあき)は、安土桃山時代の武将、大名。豊臣氏の家臣。初名は一宗(かずむね)。通称は掃部頭。江戸時代の書物に忍術の達人とするものがあるが、忍者説については下掲。
- ^ a b c 高柳 & 松平 1981, p.32
- ^ a b c d e f 川上 1917, p.261
- ^ a b 高柳 & 松平 1981, p.31
- ^ 高柳 & 松平 1981, p.30
- ^ 参謀本部編 国立国会図書館デジタルコレクション 『日本戦史. 関原役文書』 元真社、1911年 。
- ^ a b c 高柳 & 松平 1981, p.33
- ^ a b 黒川真道編 国立国会図書館デジタルコレクション 『古今武家盛衰記. 1』 国史研究会〈国史叢書〉、1914年 。
- ^ 生駒親正の弟。
- ^ 高柳 & 松平 1981, p.19
- ^ 白川亨 『石田三成とその一族』 新人物往来社、1997年、p.278-p.279,p286
- ^ 八切止夫 『切腹論考』 作品社〈八切意外史〉、2003年。ISBN 4878935480。
- ^ a b 八切止夫 『武将意外史』 作品社〈八切意外史〉、2003年。ISBN 4878935448。
- ^ a b 半之丞の間違いであろうから、確かではないが可正をさすのであろう。
- ^ a b 清水昇 『戦国忍者列伝 : 乱世を暗躍した66人』 学研パブリッシング、2003年。ISBN 9784059012627。
- ^ 系図上は、頼明は美濃石川氏の出身であり、丹波とは所縁を示す史料はないように思われる。美濃石川氏は陸奥石川氏の支流である。丹波にも石川姓があるが、同国何鹿郡の舘城の城主石川貞通は、頼明らとは血縁がない越後石川氏の出身である。
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