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ちじんのあい 【痴人の愛】
映画情報 |
痴人の愛
| 原題: | Of Human Bondage(1934) |
| 製作国: | アメリカ |
| 製作年: | 1934 |
| 配給: | 日本RKOラジオ社輸入 |
| スタッフ | |
| 監督: | John Cromwell ジョン・クロムウェル |
| 原作: | W. Somerset Maugham W・サマセット・モーム |
| 脚本: | Lester Cohen レスター・コーエン |
| 撮影: | Henry Gerrard ヘンリー・ジェラード |
| キャスト(役名) |
| レスリー・ホープ レスリー・ハワード (Phillp Carey) |
| Bette Davis ベティ・デイヴィス (Mildred) |
| Frances Dee フランセス・ディー (Sally) |
| Kay Johnson ケイ・ジョンソン (Nora) |
| Reginald Denny レジナルド・デニー (Griffiths) |
| Alan Hale アラン・ヘイル (Miller) |
| Reginald Sheffield レジナルド・シェフィールド (Athelny) |
| Desmond Roberts (Dr.Jacobs) |
| 解説 |
| 「秘密」「永遠に微笑む」のレスリー・ハワードが主演する映画で、「雨」の作者サマーセット・モーム作の小説を「人生の行路」「砂上の摩天楼」のレスター・コーエンが脚色し、「砂上の摩天楼」「世界と其の男」のジョン・クロムウェルが監督し「若草物語(1933)」「猟奇島」のヘンリー・ジェラードが撮影した。助演者は「失踪者三万人」「舗道の三人女」のベティ・デイヴィス、「若草物語(1933)」のフランセス・ディー、「狂乱のアメリカ」のケイ・ジョンスン、「肉弾鬼中隊」のレジナルド・デニー及びアラン・ヘール、レジノルド・オウエン、レジナルド・シェフィールド等である。 |
| ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください |
| 上品で敏感な学生ピリップ・ケアリーは右足が不具であった。彼は学校の近くの料理店の給仕女で、下品な利己主義のミルドレッドに不思議な愛着を感じた。彼女は不具者の彼を頭から蔑視したが、彼が小遣銭に不自由しないのを知ると、急に彼を虜にしてしまう。そのためにフィリップは試験に落第し、彼女に結婚を申し込んだが、彼女はそれを拒絶し、下等な外国人ミラーと関係して出奔する。失望したフィリップに女流小説家ノラに恋されて幸福な安穏な勉学生活が出来るようになった。ところがミラーはミルドレッドが身重になったと知るや、無情にも打ち捨てて全然顧みない。泣きつかれてフィリップはミルドレッドが産をし、生まれた赤ん坊を里子にやるまでの面倒を見てやった。ノラは失望してフィリップとは別れてしまった。かうまで親切を呈したが、ミルドレッドはフィリップの同級生グリフィスの情婦となって彼に再び苦杯を嘗めさせた。その後、フィリップは病院で近づきになった近郷の田舎紳士アセルニーの娘サリーと愛し合う仲となるが、彼はミルドレッドの事を考えると、思いきってサリーに結婚を申し込む勇気は無かった。果たして、ミルドレッドがグリフィスに棄てられ、赤ん坊を抱いて路頭に迷っていると知るや、やはり自分の部屋に引き取って世話をしないではいられなかった。所が些細な口論の結果、3度ミルドレッドは出奔した。しかもフィリップの学資たる公債投書を全て焼き捨てて。このために彼は退学した。その時ジェコブス教授が手術をして彼の不具の足を癒してやった。そしてアセルニー邸に寄食し、百貨店に勤める身となった。またミルドレッドは彼に救いを求めた。赤ん坊は死んでしまい、売笑生活の報いか彼女は肺を病んでいた。フィリップは幾許の金子を残して帰った。その後叔父の遺産を貰って再度入学した彼はついに大学士となった。そして豪州航路線の船長となり、赴任しようとするとき、ミルドレッドは施療病院で淋しく死んだ。初めて開放された気持ちになったフィリップは船長を勤め、サリーと結婚し晴れやかに人生にスタートしたのである。 |
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痴人の愛
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/06 12:24 UTC 版)
『痴人の愛』(ちじんのあい)は、谷崎潤一郎の小説。1924年3月から「大阪朝日新聞」に連載、6月から10月までいったん中断したが、後半は「女性」に掲載された。現行では新潮文庫と中公文庫にある。
目次 |
概要
カフェの女給から見出したナオミを育て、いずれは自分の妻にしようと思った男・河合譲治が、次第に少女にとりつかれ、破滅するまでを描く。耽美主義の代表作で、「ナオミズム」という言葉を生み出した。 ナオミのモデルは、当時谷崎の妻であった千代の妹・小林せい子である[1]。なお、谷崎は連載再開の断り書きで、この小説を「私小説」と呼んでいる[2]。
あらすじ
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。 →[記述をスキップ]
河合譲治は28歳になる独身の電気技師である。質素で凡庸で、何の不平も不満もなく日々の仕事を勤めていて、真面目すぎるが故に会社では「君子」といわれていたほどの模範的なサラリーマンであった。それに宇都宮生まれの田舎者で、人付き合いも悪く、その歳になるまで異性と交際した経験は一度もなかった。一応の財産もあり、醜い顔立ちでもなかった譲治がこの歳まで結婚しなかったのは、彼に結婚に対する夢があったからだ。それはまだ世の中を何も知らない年頃の娘を手元に引き取って、妻としてはずかしくないほどの教育と作法を身につけさせてやり、いい時期におたがいが好きあっていたら夫婦になる、という形式のものであった。
不思議な運命の巡り会わせで、彼は浅草のカフェでナオミという15歳の美少女に出会う。ナオミは混血児のような美しい容貌であったが、その頃は無口で沈んだところのある、あまり血色もよくない娘であった。実家も貧しかった。ナオミを気に入った彼は彼女を引き取り、洋館で二人暮らしを始める。
「友達のやうに」暮らそう、というのが最初の申し合わせであった為、二人はママゴト遊びのような生活を送る。寝室も別であった。稽古事をすることを約束させ、ゆくゆくはどこへ出ても恥ずかしくないレディーに仕立てたいと彼は計画していた。ところが彼の期待は次第に裏切られていった。彼が、頭も行儀も悪く、浪費家で飽きっぽいナオミの欠点を正そうとすると、ナオミは泣いたりすねたりして、結局のところは最後には彼のほうが謝ることになるのである。
そんなある日、彼が早く家に帰ってみると、玄関の前でナオミが若い男と立ち話をしているのにぶつかった。嫉妬の情にかられた彼はナオミに問いただすが否定される。しかし、ナオミが他にも何人もの男とねんごろなつきあいをしていることに気付き、本当に怒った彼はその男達との一切の付き合いを禁じ、ナオミを外出させないようにした。いったんナオミはおとなしくなったものの、また熊谷という男と密会していることが分かり、彼はとうとうナオミを追い出してしまう。
追い出してしまったものの、彼はナオミが恋しくて仕方がなくなる。無一文で出て行ったナオミを彼は心配でいてもたってもいられなくなったので、手を尽くして探してみると、ダンスホールで知り合った男性の家にとまり、豪華な服装をして遊び歩いていることを知る。これには彼もあきれ果ててしまった。
ナオミのことを忘れようとしている彼のところへ、ある日ふらっとナオミが現れた。荷物がまだ全部彼の家にあるので、それを取りに来たのだという。ナオミはそんなふうにして、ちょいちょい家にやってくるようになった。品物を取りに寄るというのが口実だが、なんとなくぐずぐずいる。日が経つにつれて、ナオミはますます美しくなってくる。あれほど欺かれていながらも、彼はナオミの肉体的な魅力には抵抗が出来ない。ナオミも自分の魅力が彼に与える力を充分に知っていて、次第に彼を虜にしてゆく。ついに彼はナオミに全面降伏をする。
会社を辞め、田舎の財産を売った金で横浜にナオミの希望通りの家を買い、二人は暮らすようになる。もう彼はナオミのすることに何も反対をしない。彼は、限りなく美しさがましてゆくナオミの肉体の、奴隷として生きていく。
以上で物語・作品・登場人物に関する核心部分の記述は終わりです。
映画
この作品は数回映画化されている。
1949年
スタッフ
- 監督 - 木村恵吾
- 脚本 - 木村恵吾・八田尚之
- 企画 - 清水龍之介
- 撮影 - 竹村康和
- 音楽 - 飯田三郎
- 美術 - 上里義三
キャスト
1960年
スタッフ
- 監督・脚本 - 木村恵吾
- 製作 - 武田一義
- 企画 - 久保寺生郎
- 撮影 - 石田博
- 音楽 - 松井八郎
- 美術 - 柴田篤二
キャスト
1967年
スタッフ
キャスト
- 河合譲治 - 小沢昭一
- ナオミ - 安田道代
- 浜田伸夫 - 田村正和
- 熊谷政太郎 - 倉石功
- 澄江 - 村瀬幸子
- 阿部マリエ - 紺野ユカ
- 阿部正子 - 清川玉枝
- 加山良平 - 三夏伸
- 花村保子 - 穂高のり子
- 1 痴人の愛の概要
- 2 脚注
固有名詞の分類