田口時代(1977年~2016年)
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「設楽町奥三河郷土館」の記事における「田口時代(1977年~2016年)」の解説
1977年(昭和52年)3月には設楽町田口字アラコ14番地に移転し、設楽町奥三河郷土館に改称した。館名の奥三河は旧北設楽郡設楽町・東栄町・稲武町・津具村・豊根村・富山村を表しており、設楽町にとどまらない範囲の資料が収集されている。 開館時の収蔵資料は約7万点、展示資料は約5000点だった。1968年(昭和43年)8月には豊橋鉄道田口線が廃線となったが、1977年(昭和52年)5月末には旧田峯駅から田口線で用いられていた車両「モハ14」を移設した。1983年(昭和58年)には奥三河郷土館の付属施設としてビジターセンターが開館した。1993年(平成5年)には収蔵資料が約8万1000点、展示資料が約1万3000点まで増加した。2002年(平成14年)には奥三河郷土館の2階に自然資料室が設けられた。 移転準備のため、2016年(平成28年)9月30日をもって閉館した。
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