櫛田民蔵とは? わかりやすく解説

くしだ‐たみぞう〔‐たみザウ〕【櫛田民蔵】

読み方:くしだたみぞう

[1885〜1934]経済学者福島生まれ大原社会問題研究所入りドイツ留学日本における「資本論研究水準高めまた、マルクス主義経済学普及尽くした


櫛田民蔵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/18 01:57 UTC 版)

櫛田 民蔵(くしだ たみぞう、1885年明治18年〉11月16日 - 1934年昭和9年〉11月5日)は、日本経済学者。妻は女性解放運動指導者の櫛田ふき。子の櫛田克巳は朝日新聞社の学芸記者[1]


  1. ^ 大佛次郎天皇の世紀』などを担当。回想に『人・心・旅 ある学芸記者の記録』法政大学出版局、1983年。
  2. ^ 『大原社会問題研究所100年史』 24頁
  3. ^ 『大原社会問題研究所100年史』 36-39頁、45頁
  4. ^ 河西 太一郎「創立八十周年記念特集号刊行に当って」『立教經濟學研究』第8巻第2号、立教大学経済学部、1954年12月、1-9頁。 


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