栗原鉄道ED18形電気機関車
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栗原鉄道ED18形電気機関車(くりはらてつどうED18がたでんききかんしゃ)は、かつて栗原鉄道[1]が所有していた直流用電気機関車である。3両(ED181 - ED183)が存在し、その後の路線改軌でED20形ED201 - 203に改称された。
- ^ 1955年11月に栗原電鉄へ改称、1964年5月には陸前自動車との合併に伴い宮城中央交通へ改称したが、1968年8月に経営難からバス部門を宮城中央バスとして分離、1969年2月に栗原電鉄に戻った。その後、1992年12月に第三セクター化され、1995年4月にくりはら田園鉄道へ改称されるも、2007年3月に全線廃止。
- ^ その際、本江機械製作所製15t C型タンク機3両(C151 - C153)を1941年11月、1942年2月、1942年12月の3回に分けて新製投入している。
- ^ 戦前製では自重20.3tの小坂鉄道31・32(1927年日立製作所製)が存在するが、これは軽便鉄道法→地方鉄道法の監督下ではなく、私設鉄道法免許に基づいて建設された鉱山鉄道向けの特殊なケースである。戦後製では黒部峡谷鉄道で1991年にEDM32(自重18.0t)が新造されるまで本形式と同クラス以上の自重の762mm軌間向け電気機関車は存在しなかった。
- ^ 端子電圧750V時1時間定格出力40kW。
- ^ 細倉鉱山の精錬施設で使用する硫酸の輸送を行っており、親会社である三菱金属鉱業が保有するタホコ1形と称する専用のタンク車が在籍していた。硫酸の積み替えには細心の注意が必要であり、またその量が多かったことが三菱金属鉱業をして栗原鉄道に改軌による国鉄貨車直通を強く求める主因となった。
- ^ これにより牽引力の伝達経路が変更されている。
- ^ 初代は西武鉄道で1と付番されていた1948年東芝製の戦時標準型として知られる凸形電気機関車で、軸配置はB-B。西武では正式には車籍編入されていなかったため、栗原では新製扱いとして入線した。これは2代目の入線に伴い1969年に廃車となっている。2代目は元・東武鉄道日光軌道線ED610形ED611でデッキ付・軸配置B-Bの箱形機。1968年2月の日光軌道線廃止後に栗原電鉄に譲渡され、1987年廃車。
- 1 栗原鉄道ED18形電気機関車とは
- 2 栗原鉄道ED18形電気機関車の概要
- 3 保存車
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