学館院
(学宦院 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/10 08:16 UTC 版)
学館院(がっかんいん)は、大学寮に付属する大学別曹の一つである。
- ^ 同書・嘉祥3年(850年)5月壬午条
- ^ 九条兼実の『玉葉』安元3年(1177年)6月5日条及び一条兼良の『公事根源』4月・梅宮祭条によれば、藤原兼家の正室藤原時姫の母が中納言橘澄清の娘であったために、澄清の曾孫にあたる関白藤原道隆が是定の地位を獲得し、その弟道長が子孫に継承させたという。
- ^ 『台記』久安3年(1147年)の5月及び7月の条において、平時信が鳥羽法皇に対して学館院の築垣が破壊されて敷地が田地となっている惨状を報告して再建を進言している事が書かれているが、その後再建されたとする記録はなく、再建されなかったものと考えられている。
- ^ ただし、当時年挙の権限を有していた3つの大学別曹のうち、勧学院・奨学院別当の年挙が毎年であったのに対して、学館院のみが隔年であった事実(『職原抄』)からも、その衰退振りが裏付けられる。
[続きの解説]
「学館院」の続きの解説一覧
- 1 学館院とは
- 2 学館院の概要
- 学宦院のページへのリンク