孝直とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 孝直の意味・解説 

法正

(孝直 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/28 18:18 UTC 版)

法 正(ほう せい、176年 - 220年)は、中国後漢末期の参謀・政治家。劉備に仕えて活躍した謀臣。孝直司隷扶風郡郿県(現在の陝西省宝鶏市眉県)の人。曾祖父(又は高祖父)は法雄[1]、祖父は法真、父は法衍、子は法邈。


  1. ^ 後漢書』法雄伝によると、法雄は襄王の末裔と称していたと記されている。その主張が正しければ、法正もまた襄王の末裔ということになる。
  2. ^ 蜀書』先主伝の引く『三輔決録注』によると、劉備が劉璋に取って代わった際に射堅皇甫嵩の娘婿である射援の兄)が広漢・蜀郡太守に任命された。
  3. ^ 諸葛亮と法正は、劉巴伊籍李厳と共に『蜀科』を起草している(『蜀書』伊籍伝)。
  4. ^ 法正は許靖を虚名のみの人物であると劉備に語った。
  5. ^ 法正は蜀郡太守に着任すると、僅かな恨みにも必ず報復し、自分を非難した者数人を勝手に殺害した。このため、ある人が諸葛亮にそれを告げると、諸葛亮は「我が君の今があるのは法正のおかげである。その功績を考えると処罰することはできない」と咎めなかったという。法正が漢中で軍務に従事した際は、楊洪が太守を代行している。
  6. ^ 『正史三国志』ちくま学芸文庫212頁
  7. ^ 華陽国志』に記載。
  8. ^ 劉備から諡号を与えられたのは法正だけである(『蜀書』先主伝)。
  9. ^ 原文は「法孝直若在、則能主上制、令不東行。就復東行、必不傾危矣」
  10. ^ 蜀書法正伝注


「法正」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「孝直」の関連用語

孝直のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



孝直のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの法正 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS