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古河機械金属
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/10/22 09:51 UTC 版)
古河機械金属株式会社(ふるかわきかいきんぞく、英: FURUKAWA CO.,LTD.、旧社名:古河鉱業)は、東京都千代田区丸の内2丁目に本社を置く非鉄金属・産業機械の大手メーカーである。
創業は明治8年(1875年)で、創業者は古河市兵衛。古河電気工業、富士電機、富士通とともに「古河グループ(古河三水会)」の中核企業であり、旧・古河財閥の源流企業にして古河電工などの母体企業でもある。明治10年に足尾銅山の開発に着手、これが日本の銅産出量トップとなる(明治17年)など大鉱山に成長したことで古河財閥の礎を築く。その後、古河潤吉(2代目社長)・古河虎之助(3代・5代目社長)の下、足尾銅山を基盤に事業の近代化・企業の多角化を推進し、鉱山開発(古河機械金属)→電線製造(古河電工)→電気機器製造(富士電機)→通信機器製造(富士通)などと裾野を広げ、古河グループ各社が古河機械金属から様々な産業へと分社・独立していった(富士電機や富士通の「富士」は、古河の頭文字「ふ」とドイツ社シーメンスの「じ」に由来する)。また、急成長の過程で公害問題に直面したもののこれを克服し、近代日本産業の発展に大きく貢献した。
第二次世界大戦敗戦後の1946年(昭和21年)、持株会社整理委員会による指定(財閥解体)を受け古河財閥の持株会社としての機能を喪失、更に同年、富士電機の名取和作、吉村萬治郎元社長や岡田完二郎社長(のち富士通社長)らがGHQの公職追放令に基づく追放指定(公職追放)を受けて重職を辞任させられるなど、終戦を境に再出発を図ることになった。1989年(平成元年)には「古河鉱業」から現社名に社名変更。元々は鉱業より発祥した企業であるが、石炭事業からの撤退や足尾銅山の閉山などを経て事業の多角化に成功し、現在では削岩機などの土木鉱山用機械のトップメーカーとして広く知られる。2005年、事業持株会社体制(事業持株会社である古河機械金属を中心に、子会社46社・関連会社17社で構成)へ移行した。東証1部に上場(日経225銘柄の1つ)、足尾銅山鉱毒事件の原因企業としても著名。
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固有名詞の分類
| 千代田区の企業 |
ジェイアールバステック 豊島屋本店 古河機械金属 コスモスイニシア そらゆめ |
| 日本の不動産業 |
丸紅コミュニティ モリモト 古河機械金属 コスモスイニシア クレ・コーポレーション |
| 日本の化学工業メーカー |
大塚化学 住化プラステック 古河機械金属 宇部興産 ポラテクノ |
| 日本の機械工業 |
マースエンジニアリング 北川精機 古河機械金属 宇部興産 コマツ工機 |
| かつて存在した日本の鉄道事業者 |
東京山手急行電鉄 南樺太炭鉱鉄道 古河機械金属 日本電力 九州肥筑鉄道 |
| 日本の工業製品メーカー |
シロウマサイエンス ホクシン 古河機械金属 シーリージャパン ホウトク |
| 石油関連企業 |
中和石油 日本精蝋 古河機械金属 出光興産 富士石油 |
| 古河グループ |
FDK 新光電気工業 古河機械金属 富士通ワイエフシー 富士通エフサス |
| 日本の非鉄金属メーカー |
秋田製錬 JX日鉱日石金属 古河機械金属 サンエツ金属 日本重化学工業 |
| 日本の原子力関連企業 |
関電工 古河機械金属 住友電気工業 北陸電力 古河電気工業 |
| 日本の建設機械メーカー |
古河機械金属 油谷重工 ヤンマー コベルコクレーン 日立住友重機械建機クレーン |
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