分譲後の歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/01 21:31 UTC 版)
昭和7年、駒沢村深沢区画整理事業により、呑川が改修され、両岸にソメイヨシノが植樹された。戦後は、一部の洋館住宅(4邸)がGHQ将校の居住用に接収された。東京オリンピック開催を機に、現在の国道246号線新町一丁目交差点から瀬田交差点にかけて、新町一丁目と二丁目の境に国道246号線のバイパス工事が行われた。これ以降、旧来の国道246号線(玉川通り)は旧道と呼ばれるようになった。かつての新町住宅分譲地も、1960年代に敷設された246号線と70年代に敷設された首都高の高架道路によって分断されるに至った。また道路の南側エリアにおいては、桜新町駅からのアクセスは却って後退した。
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