一新会
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2004年(平成16年)6月16日に小沢を支持する1期〜3期の衆議院議員を中心に結成された。菅政権の時代には代表幹事に鈴木克昌、会長代行に奥村展三が就任し事務を取り仕切っていた。グループ名は自由党のスローガンであった「日本一新」に由来する。国会会期中は毎週木曜日に定例会を開催し、それ以外でも多くの勉強会を開催した。民主党の他のグループ同様、緩やかな繋がりにすぎず、議員によって小沢との距離に大きな差があるが、マスコミには他の小沢グループと一括して扱われることがあった。川端グループや鳩山グループに所属する議員も多かった。 2004年(平成16年)9月と2006年(平成18年)9月に、箱根で、地方議員や各地の後援者を含めた全国研修会を開いた。 第44回衆議院議員総選挙後、一新会は党内最大派閥となり、小沢が幹事長に就任した。副幹事長を側近議員で固め、鳩山政権の政策決定においても影響力を利かせるようになった。 しかし、小沢の献金問題などの不祥事で内閣支持率が激減して内閣は総辞職し、小沢も幹事長の離任を余儀なくされる。その後の代表選では小沢が支援した樽床伸二が敗北し、代表選後の役員人事改造では国会対策委員長に樽床が起用された他は軒並み小沢と距離を置く議員で固められ、一新会は反主流派に転落した。
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