バント技術
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 07:33 UTC 版)
犠打数のギネス記録保持者であり、バントの技術はプロ野球史上最高峰のレベルである。巨人でのレギュラー時代は2番打者として多くの犠打を記録し、レギュラーを外れた晩年は「ピンチバンター」として代打で登場し、誰もが送りバントと分かっている状況のなか成功を重ねた。2000年の日本シリーズ第5戦では「5番・DH」のドミンゴ・マルティネスに代わって代打で登場し、無死一・二塁の場面でバントを決めた。 通算の犠打成功率は9割を超えている。中でも、47犠打を記録した1995年の失敗数は0である。 送りバントのコツとしては「割り切りが大事」「ここに転がすと決めたら、どんなボールが来てもそこに転がす」という気持ちの整理が重要だという。技術面では、目とバットの距離を変えないようにする(手先ではなく膝でバットをボールに合わせて、目とバットの距離を一定に保つ)ことが重要なポイントだと話している。 ちなみに、川相が記録してきた送りバントのほとんどは、自軍のベンチからのサインによるもので、自分で判断してバントしたケースは通算で10回あるかないかだという。また、過去に何度か「死んでも成功させる」という気持ちで打席に立ったことがあるという。
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