『Baby A Go Go』(終焉期)
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「RCサクセション」の記事における「『Baby A Go Go』(終焉期)」の解説
1990年、メンバー間での話し合いの末、Gee2wo脱退(趣味のスキーに夢中になり過ぎ練習をすっぽかすことが度々あったこと、小林らとの音楽的志向性の違いがあったことなどが主要因と言われている)。 仲井戸が2ndソロ・アルバム『絵』をリリース。 『Baby a Go Go』の制作中、ミキサーのヘンリー・ハーシュ、デイヴィッド・ドマーニッチ、忌野が、曲によってドラマーを春日博文や外部のドラマーに変えたいという方針を打ち出したことに新井田が猛反発、RCを脱退。結果、RCは忌野、仲井戸、小林の3人編成となり、以降、ドラムには春日博文が、キーボードにはVOW WOWの厚見玲衣がそれぞれサポートで参加することになる。 現時点でのラストオリジナル・アルバム『Baby a Go Go』をリリース。ヘンリー・ハーシュら外国人プロデューサーを迎えアナログ制作にこだわり作られた本作は高い評価を得る。 1990年12月25日、日本武道館でラストライブを開催、1991年1月に無期限活動休止。
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