弥栄町の離村・廃村
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/10 12:59 UTC 版)
その他 記録のある弥栄町の廃村
- 奈具(なぐ)
- 弥栄町船木に鎮座する式内社・奈具神社の氏子村であったが、1443年(嘉吉3年)に洪水で全戸が流され廃村となった[28][3]。戸数不明だが、住民は溝谷村・外村に移住したことにより奈具神社も一時溝谷神社に合祀された[3]。羽衣天女伝承に起源をもつ古地[28]。
脚注
参考文献
- 竹内理三『角川日本地名大辞典26 京都府下巻』角川書店、1982年
- 京丹後市史編さん委員会『京丹後市の民俗』京丹後市、2014年
- 京丹後市史編さん委員会『京丹後市の古地図』京丹後市、2016年
- 東世津子『小脇の子安地蔵さん』あまのはしだて出版、1997年
- 小山元孝、林直樹、関口達也、齋藤晋『消えない村 京丹後の離村集落とその後』林直樹、2015年
- 『日本歴史地名体系26京都府の地名』平凡社、1981年
- 『弥栄町史』竹野郡弥栄町、1968年
- 『ふるさと野間』野間老人クラブ、1983年
- 澤潔『探訪丹後半島の旅(上)』文理閣、1982年
- 『丹後縦貫林道ものがたり 増補版』丹後縦貫林道沿線自然ガイド編集委員会、2019年
- 日本地誌研究所『日本地誌 第14巻 京都府・兵庫県』二宮書店、1973年
- 金田章裕、石川義孝『日本の地誌8 近畿圏』朝倉書店、2006年
- 『統計資料集やさか 平成9年(1997)』弥栄町、1999年
関連文献
丹後町の離村・廃村と重複するため本項では省略したが、本項目に直接的に関係する丹後半島の廃村傾向及び離村・廃村の要因、丹後半島のその他地域の離村・廃村に関する出典は以下の通り。
- 林直樹、関口達也、小山元孝、松田晋『将来的な再居住化の可能性を残した無居住化に関する基礎的研究 農村再生に向けて』代表研究者 林直樹、2016年
- 向井利栄「生活構造の変化と福祉ニーズに関する研究-酒造出稼ぎ母村の生活条件と意識(宇川杜氏の場合)-」『丹後半島学術調査報告書』京都府立大学・京都府立大学女子短期大学部1983年発行25-43p
- 坂口慶治「丹後半島における廃村現象の地理学的考察」『人文地理』第18巻第6号、1966年
- 京丹後市史編さん委員会『京丹後市史本文編 図説京丹後市の歴史』京丹後市、2012年
関連項目
- 昭和38年豪雪
- 丹後町の離村・廃村
- 丹後縦貫林道
- 野間地域
- 野中 (京丹後市弥栄町)
- 須川 (京丹後市)
- 溝谷
- 京丹後森林公園スイス村 – 森林公園スイス村スキー場
注釈
脚注
- ^ 金田章裕、石川義孝『日本の地誌8 近畿圏』朝倉書店、2006年、378頁。
- ^ 日本地誌研究所『日本地誌 第14巻 京都府・兵庫県』二宮書店、1973年、209頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z 東世津子『小脇の子安地蔵さん』あまのはしだて出版、1997年、47頁。
- ^ a b c d e f g h i j k 京丹後市史編さん委員会『京丹後市の民俗』京丹後市、2014年、260頁。
- ^ “往時に思い馳せ”. 毎日新聞: p. 中丹・丹後版. (2018年9月16日)
- ^ a b 『丹後縦貫林道ものがたり 増補版』丹後縦貫林道沿線自然ガイド編集委員会、2019年、79頁。
- ^ a b c d e f g 『ふるさと野間』野間老人クラブ、1983年、3頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l m 小山元孝『消えない村』林直樹、2015年、56頁。
- ^ a b c d 小山元孝『消えない村』林直樹、2015年、52頁。
- ^ 京丹後市史編さん委員会『京丹後市の民俗』京丹後市、2014年、261頁。
- ^ 京丹後市史編さん委員会『京丹後市の民俗』京丹後市、2014年、262頁。
- ^ a b c d e f 小山元孝『消えない村』林直樹、2015年、53頁。
- ^ “幽玄の滝 野間写す”. 毎日新聞: p. 丹後・中丹版. (2017年12月6日)
- ^ a b 京丹後市史編さん委員会『京丹後市の古地図』京丹後市、2016年、119頁。
- ^ a b 澤潔『探訪丹後半島の旅(上)』文理閣、1982年、243頁。
- ^ a b 『日本歴史地名体系26京都府の地名』平凡社、1981年、808頁。
- ^ a b c d e f g h i j 小山元孝『消えない村』林直樹、2015年、54頁。
- ^ 『弥栄町史』竹野郡弥栄町、1968年、20頁。
- ^ 『弥栄町史』竹野郡弥栄町、1968年、23頁。
- ^ a b c d e 京丹後市史編さん委員会『京丹後市の古地図』京丹後市、2016年、126頁。
- ^ 『統計資料集やさか 平成9年(1997)』弥栄町、1999年、2頁。
- ^ 『弥栄町史』竹野郡弥栄町、1968年、22頁。
- ^ a b c d 竹内理三『角川日本地名大辞典26 京都府下巻』角川書店、1982年、814頁。
- ^ a b c 京丹後市史編さん委員会『京丹後市の古地図』京丹後市、2016年、117頁。
- ^ 京丹後市史編さん委員会『京丹後市の民俗』京丹後市、2014年、275頁。
- ^ a b 京丹後市史編さん委員会『京丹後市の民俗』京丹後市、2014年、267頁。
- ^ 京丹後市史編さん委員会『京丹後市の民俗』京丹後市、2014年、276頁。
- ^ a b “起源は丹後 日本最古の羽衣伝説”. 海の京都Times. 2024年4月17日閲覧。
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- 2 弥栄町の離村・廃村の概要
- 3 その他 記録のある弥栄町の廃村
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