「言国卿記」を解説文に含む見出し語の検索結果(1~10/22件中)
読み方:やましな ときくに公卿。法名盛言、道号は説堂。保宗の子、顕言の養嗣子。内蔵頭・右権中将・参議等を経て従二位権中納言に至る。日記『言国卿記』は応仁の乱後の京都の政情、家領山科七郷等の内情、当時の...
読み方:やましな ときくに公卿。法名盛言、道号は説堂。保宗の子、顕言の養嗣子。内蔵頭・右権中将・参議等を経て従二位権中納言に至る。日記『言国卿記』は応仁の乱後の京都の政情、家領山科七郷等の内情、当時の...
読み方:あわい1 物と物とのあいだ。「色白の細面、眉(まゆ)の—やや蹙(せま)りて」〈蘆花・不如帰〉2 事と事との時間的なあいだ。「朝の供事(くじ)と夕供事との—に」〈言国卿記・文明十三年〉3 人と人...
読み方:あわい1 物と物とのあいだ。「色白の細面、眉(まゆ)の—やや蹙(せま)りて」〈蘆花・不如帰〉2 事と事との時間的なあいだ。「朝の供事(くじ)と夕供事との—に」〈言国卿記・文明十三年〉3 人と人...
読み方:あわい1 物と物とのあいだ。「色白の細面、眉(まゆ)の—やや蹙(せま)りて」〈蘆花・不如帰〉2 事と事との時間的なあいだ。「朝の供事(くじ)と夕供事との—に」〈言国卿記・文明十三年〉3 人と人...
民部卿典侍(みんぶきょうのすけ)は、内裏に内侍として出仕した女性の女房名の一つで、主に鎌倉時代から江戸時代にかけて、歴史上の実在人物に用例が見られる。近い年代で複数の該当人物がいる場合には、主として仕...
『言国卿記』(ときくにきょうき)は、室町時代の公家、山科言国の記した日記。『史料纂集』所収。記述は、文明6年(1474年)から文亀2年(1502年)までの30年近くに及ぶ。途中に一部欠落があるが、応仁...
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/07/31 14:54 UTC 版)「民部卿典侍」の記事における「歴史上の実在人物」の解説後堀河院民部卿典侍。藤原因子。鎌倉...
ナビゲーションに移動検索に移動東坊城 松子(ひがしぼうじょう まつこ、嘉吉2年(1442年) - 享禄2年9月21日(1529年10月23日))は、室町時代後期から戦国時代前期にかけての勾当内侍・典侍...
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/30 06:49 UTC 版)「史料纂集」の記事における「『史料纂集古記録編』収録書目」の解説配本回タイトル校訂者出版...
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「言国卿記」の辞書の解説