スコティ・ムーアとは? わかりやすく解説

スコティ・ムーア

(Scotty Moore から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/06/28 16:10 UTC 版)

スコティ・ムーア
Scotty Moore
スコティ・ムーア(2000年)
基本情報
出生名 Winfield Scott Moore III
生誕 (1931-12-27) 1931年12月27日
出身地 アメリカ合衆国 テネシー州ガズデン
死没 (2016-06-28) 2016年6月28日(84歳没)
アメリカ合衆国 テネシー州ナッシュビル
ジャンル ロックンロールロカビリーカントリー
職業 ミュージシャン
担当楽器 ギター
活動期間 1950年代2009年
公式サイト scottymoore.net

スコティ・ムーア[注釈 1]Scotty Moore)として知られる、ウィンフィールド・スコット・ムーア3世Winfield Scott Moore III1931年12月27日 - 2016年6月28日)は、アメリカ合衆国のギタリスト、スタジオ・ミュージシャンテネシー州ガズデン出身。ロカビリーロックンロールカントリー・ミュージックを中心に多くのアーティストの伴奏を務めたが、特にエルヴィス・プレスリーのギタリストとしての活動が広く知られている。

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第44位、2011年の改訂版では第29位。

経歴

エルヴィス・プレスリー(左)と共演するムーア(1956年)

1931年、ウィンフィールド・スコット・ムーア3世はテネシー州ガズデンで誕生した。父親や兄弟たちがカントリー・ミュージックのバンドを組むなど音楽に親しむ家庭に育ったムーアは、8歳で買い与えられたギターの奏法を習得した。

1948年、徴兵されアメリカ海軍に入隊したムーアはワシントン州のラジオ局の流すバンドに参加しつつ、中国や韓国で任務に就いた。除隊後は兄弟が経営していたクリーニング店で勤務しながら「スターライト・ラングラーズ」という名のバンドを結成、ビル・ブラック(ベース)も加えて活動した。1954年、ムーアは代理歌手としてバンドに参加したエルヴィス・プレスリーと組み、7月に「ザッツ・オールライト」を録音して州内を中心にヒットを果たした。その後国内で最も著名は歌手となったプレスリーと共に、ムーアもロックンロールの先駆者として活動し続けた。プレスリーの楽曲だけでなく、プレスリーの主演映画にギタリストとして出演している。しかし初主演作の「やさしく愛して」が企画された際、サウンドトラックの録音からムーアは除外された。選考を受けた時、映画の内容を知らないムーアがカントリー・ミュージックが求められているにもかかわらず、通常のロカビリーを演奏したためである。

サン・レコードを解約したプレスリーと共にムーアもRCAへ移行したが、移籍から時間が経つにつれプレスリーの作風は変化していった。ムーアは「サム(サンの創業者)はどんなことにでも挑戦するタイプの人間だったが、RCAのスタッフは違う。組織人間であったし、クリアなサウンドを好んでいた」と語っている。徴兵と前後して、映画出演に注力し始めたプレスリーは音楽活動から徐々に離れた。

ムーアがプレスリーと最後に会ったのは1968年にプレスリーが音楽活動を本格再開させた「カムバック・スペシャル」であった。ムーアはその番組の一部である「シットダウン・ショー」に参加した。放送後、ムーアはプレスリーからバンドに参加するよう求められるが、実現はしなかった。この後、ムーアとプレスリーの関係は自然消滅した。

プレスリーが1969年ネバダ州ラスベガスで公演活動を始めると、ムーアやD.J.フォンタナの下にはプレスリーから出演依頼が寄せられた。しかし当時スタジオで他のアーティストと録音を行なっていたムーアは1日に何度もセッションに参加する多忙な日々を送っていた。一方でその後のプレスリーによる公演の開催予定は未定であったため、ムーアは出演を辞退してスタジオ・ミュージシャンとして活動を続けた。

チェット・アトキンスがムーアを訪れた時、置物と引き換えにギブソンカントリー・ジェントルマンをムーアに手渡した。以来、ムーアはのカントリー・ジェントルマンを主に使用した。ロック界では、ジョージ・ハリスンビートルズ)、キース・リチャーズローリング・ストーンズ)、ジェフ・ベックらがムーアの影響を受けている。

2000年、ロックの殿堂入り(サイドマン部門)を果たした。

2016年6月28日、テネシー州ナッシュビルの自宅で逝去。84歳没[1]

トリビア

  • スコティはギブソン社のフルアコースティック・ギターを好んで使用する。フェンダー・テレキャスターを持ってみたこともあったが、「女性を抱いているようでしっくりこない」という理由から、サイズの大きいギターを好んでいた。

ディスコグラフィ

アルバム

  • 『ザ・ギター・ザット・チェンジド・ザ・ワールド』 - The Guitar That Changed The World (1964年、Epic)
  • What's Left (1977年、Guinness)
  • 706 Reunion - A Sentimental Journey (1992年、Belle Meade) ※with カール・パーキンス
  • Moore Feel Good Music! (1993年、Belle Meade)
  • 『オール・ザ・キングス・メン』 - All the King's Men (1997年) ※with D.J.フォンタナ

映像作品

  • 『トリビュート・トゥ・ザ・キング』 - Tribute to the King: Live at Abbey Road Studios (2005年) ※スコッティ・ムーア&フレンズ名義

脚注

注釈

  1. スコッティ・ムーア」の表記もある。

出典

  1. “スコティ・ムーア氏死去 故プレスリーのギタリスト”. スポニチアネックス. 2016年6月29日. 2016年6月30日閲覧.

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