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SDCサン・アントニオ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/06/17 04:28 UTC 版)

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SDCサン・アントニオ
基本情報
正式名 Sociedad Deportiva Cultural San Antonio
創設 1955年
解散 2013年
本拠地
本拠地 ナバーラ州パンプローナ
成績
リーグ優勝 2回 (2001–02、2004–05)
獲得タイトル
EHFCL優勝 (1回)
2000-01
ユニフォーム
ホーム
アウェイ
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SDCサン・アントニオスペイン語: Sociedad Deportiva Cultural San Antonio, ソシエダ・デポルティーバ・クルトゥラル・サン・アントニオ)は、スペインナバーラ州パンプローナに本拠地を置いていたハンドボールチーム。国内リーグであるリーガASOBALでは2度、欧州カップ戦であるEHFチャンピオンズリーグでは1度優勝している。2013年に解散した。

パンプローナにある3,000人収容のパベリョン・ウニベルシタリオ・デ・ナバーラスペイン語版をホームアリーナとしていた。パンプローナにはSCDRアナイタスナも本拠地を置いている。

歴史

黄金期

1988-89シーズン終了後にリーガASOBALに昇格。1998-99シーズンにはコパ・デル・レイで優勝し、クラブ史上初タイトルを獲得。決勝ではFCバルセロナを32-29で破り、チェチュ・ビリャルデアが最優秀選手に選ばれている。1999-00シーズンのEHFカップウィナーズカップ英語版では決勝でハンガリーのDunaferrに勝利し、ヨーロッパカップ戦での初タイトルを獲得した。2000-01シーズンのEHFチャンピオンズリーグでは決勝がFCバルセロナとのスペイン勢対決となり、初のチャンピオンズリーグ優勝、2シーズン連続でのヨーロッパカップ戦のタイトルを獲得した。同シーズンにはコパ・デル・レイでも優勝している。2001-02シーズンにはリーガASOBALで初優勝し、2004-05シーズンには2度目の優勝を飾った。

破産と解散

2012年7月、新スポンサーを獲得できなかった影響で2012-13シーズンのプレーを断念することが発表された。この結果としてプリメーラ・エスタタル(3部)への2段階降格処分が下されたが[1][2]、数週間後にはプリメーラ・エスタタルの登録枠をBMアルドイに譲り、SDCサン・アントニオは所有するチームがなくなった[3]。2013年4月には破産プロセスが完了し、SDCサン・アントニオは正式に解散した[4]

スポンサー

  • 1968年-1969年 : カイク(Kaiku)
  • 1971年-1972年 : ウェルネル(Werner)
  • 1972年-1977年 : シュウェップス(Schweppes)
  • 1977年-1978年 : スポンサーなし
  • 1978年-1979年 : レイノルズ(Reynolds)
  • 1979年-1980年 : ロンカリ(Ronkari)
  • 1980年-1981年 : チストゥ(Chistu)
  • 1981年-1982年 : ベルベラーナ(Berberana)
  • 1982年-1983年 : ビノス・デ・ナバーラ(Vinos de Navarra)
  • 1983年-1984年 : ガルサ(Garsa)
  • 1984年-1987年 : ラリオス(Larios)
  • 1987年-1989年 : エスパラゴス・デ・ナバーラ(Espárragos de Navarra)
  • 1989年-1993年 : メパンサ(Mepamsa)
  • 1993年-1994年 : プロエディーナ(Proedina)
  • 1994年-1995年 : アリストン(Ariston)
  • 1995年-1997年 : ラグン・アロ(Lagun Aro)
  • 1997年-2009年 : セメントス・ポルトランド(Cementos Portland)
  • 2009年-2010年 : ナバーラ州政府
  • 2010年-2012年 : AMAYAスポルト(AMAYA Sport)
  • 2012年-2013年 : スポンサーなし

成績

シーズン ディビジョン 順位 備考
1990–91 1部 リーガASOBAL 5位 / 上位リーグ8位
1991–92 1部 リーガASOBAL 4位 / 上位リーグ8位
1992–93 1部 リーガASOBAL 6位 / 下位リーグ2位 降格
1993–94 2部 プリメーラ 12位
1994–95 2部 オノールB 2位 昇格
1995–96 1部 リーガASOBAL 11位
1996–97 1部 リーガASOBAL 9位
1997–98 1部 リーガASOBAL 2位
1998–99 1部 リーガASOBAL 2位
1999–00 1部 リーガASOBAL 3位
2000–01 1部 リーガASOBAL 3位
シーズン ディビジョン 順位 備考
2001–02 1部 リーガASOBAL 1位 優勝
2002–03 1部 リーガASOBAL 4位
2003–04 1部 リーガASOBAL 3位
2004–05 1部 リーガASOBAL 1位 優勝
2005–06 1部 リーガASOBAL 3位
2006–07 1部 リーガASOBAL 2位
2007–08 1部 リーガASOBAL 4位
2008–09 1部 リーガASOBAL 4位
2009–10 1部 リーガASOBAL 6位
2010–11 1部 リーガASOBAL 7位
2011–12 1部 リーガASOBAL 10位 撤退

タイトル

国内大会

優勝: 2001-02, 2004–05
準優勝: 1997-98, 1999-00
優勝: 1998-99, 2000–01
準優勝: 1997-98
  • スーペルコパASOBAL : 3回
優勝: 2001-02, 2002–03, 2004–05
準優勝: 1999-00

国際大会

  • EHFカップウィナーズカップ英語版 : 2回
優勝: 1999-00, 2003–04
優勝: 2000-01
準優勝: 2002-03, 2005–06
  • EHFチャンピオンズトロフィー英語版 : 1回
優勝: 2000-01
準優勝: 2001-02

歴代所属選手

  • Mikhail Yakimovich
  • マテオ・ガラルダ
  • ジャクソン・リチャードソン
  • イヴァノ・バリッチ
  • Vladimir Hernandez
  • ダヴォル・ドミニコヴィッチ
  • ヴァルテル・マトシェヴィッチ
  • ネデリコ・ジョヴァノヴィッチ
  • ラトコ・ニコリッチ
  • イヴァン・ニクシェヴィッチ
  • バスコ・シェヴァリェヴィッチ
  • フアンチョ・ペレス
  • Oleg Kisselev
  • アドリアン・クロウリー
  • ダビド・カルバハル
  • トマス・スヴェンソン
  • ダニイェル・シャリッチ
  • アルベルト・ロカス
  • リカルド・アンドリーニョ
  • ダヴィド・ラシッチ
  • ラディヴォイェ・リスタノヴィッチ
  • クリスティアン・マルマグロ
  • ラルス・T・イェルゲンセン
  • Kasper Hvidt
  • Kristian Kjelling
  • ニコ・ミンデギア
  • カルロス・ルエスガ
  • ハビエル・オルティゴサ
  • Alexandru Buligan
  • サミル・フェルスティッチ
  • ダニミル・スルコヴィッチ

脚注

  1. ^ El San Antonio renuncia a la Asobal por falta de patrocinio エル・ムンド, 2012年7月19日
  2. ^ SDC San Antonio renuncia a ASOBAL リーガASOBAL, 2012年7月19日
  3. ^ El San Antonio cede al Ardoi el único equipo de balonmano que tenía ディアリオ・デ・ナバーラ, 2012年11月8日
  4. ^ SDC San Antonio dissolved due to 2.800.000€ debt ノティシアス・デ・ナバーラ, 2013年4月17日

外部リンク




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