JASPER (自閉症療育法)とは? わかりやすく解説

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JASPER (自閉症療育法)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/11/09 10:00 UTC 版)

JASPER(ジャスパー、Joint Attention, Symbolic Play, Engagement, and Regulation)は、アメリカの研究者コニー・カサリらが開発した、自閉スペクトラム症の幼児(主に1歳~8歳)や言葉がほとんど出ていない子どもを対象とする早期支援プログラムである。遊びを通じて共同注意、象徴遊び、関わり合い、感情調整に焦点を当て、社会的コミュニケーションの向上を目的とする。介入は子どもの発達水準や目標スキルに基づいて行われ、関わりや要求行動の促進、遊びの多様化、自発的な社会的関わりの維持を支援する。プログラムは原則として支援者と子どもが一対一で行われる[1]

JASPERでは、子どもが自発的に遊びを始めることを重視しており、他者からの指示や促しに単に応答するのではなく、主体的に関わりを生み出す力の育成を目指している。また、発達段階に応じて体系化された4段階16の遊びのレベルが設定されており、子どもの発達水準に合わせて段階的に介入を行う構造となっている[2]

概要

JASPERは、自閉スペクトラム症の幼児における社会的コミュニケーションの向上を重視した早期支援プログラムである。そのため、認知や運動スキル、学業スキルを直接的に向上させるものではないが、間接的にそれらのスキルを向上させることがある。自然主義的発達行動介入(NDBIs)の一つとして位置付けられ、発達と行動の原理を組み合わせたアプローチを特徴とする。

介入は、まず子どもの遊びおよびコミュニケーションスキルを評価し、発達段階に応じた目標を設定することから始まる。評価にはSPACE(Short Play and Communication Evaluation)と呼ばれる15分程度の遊びを通したアセスメントがおこなわれ、3か月ごとに再評価が行われる。

その後、子どものスキルに応じたおもちゃを用意し、子どもが自発的に遊びを始められる環境を整える。支援者は子どもと協働して遊びのルーティンを形成し、社会的スキルやコミュニケーションの発達を支援する。

セッション内では、学習の機会を自然な形で組み込み、新しいスキルの獲得を支援するとともに、問題行動に対しては、行動の機能を特定し、適切な対処を行う。遊びの場には子どもに適したおもちゃや視覚的支援、AACツールなどが用意され、セッション時間は原則として45~60分程度である。

JASPERの主な目的は、子どもが社会的パートナーとの活動を共有する時間を増やすこと、自発的な遊びのスキルの多様性や柔軟性、複雑性を高めること、そして共同注意や要求、意図的なコミュニケーションの自発的開始を促進することである[2]

歴史

1980年代当時、自閉スペクトラム症(ASD)に対する行動的介入は、主に言語的スキルや認知的スキルの獲得に重点が置かれており、セラピーは長時間にわたって椅子に座らせて行う形式が一般的であった。そのため、学習したスキルが日常生活に般化しにくく、自然な社会的文脈における自発的な関わりや柔軟な行動の発達が十分でないという課題が指摘されていた。

コニー・カサリ(Connie Kasari)は、1985年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のマリアン・シグマン(Marian Sigman)研究室に博士研究員として所属し、ASDの社会的発達に関する研究に従事した。当時の研究室には、乳幼児期の社会的発達を専門とするピーター・マンディ(Peter Mundy)やジュディ・アンゲラー(Judy Ungerer)らが在籍しており、定型発達児における社会的相互作用や遊びの発達を、自閉症児の発達研究に応用する取り組みが進められていた。

アンゲラーは、定型発達児と自閉症児の遊びの質的な違いに注目し、独立した遊びと社会的な遊びを区別して評価する尺度を作成した。自閉症児は「トラックを動かす」「パズルをはめる」といった操作的な遊びは可能である一方、「人形を生きているように扱う」などの象徴的・見立て遊びに困難がみられることを指摘した。

カサリらは、子どもが遊びや社会的相互作用の中で学ぶことの重要性に注目し、ASDの中核的な課題が「共同注意」にあると位置づけた。シグマンおよびカサリらの研究により、自閉症児は定型発達児と比較して共同注意のジェスチャー(指さしや視線の共有など)の使用が少ないことが明らかとなった。また、共同注意のジェスチャーを多く示す自閉症児ほど、後の言語能力が高い傾向にあることが報告され、共同注意が言語発達および社会的コミュニケーションの基盤であることが示唆された。

これらの研究成果をもとに、カサリらは自然な遊びの文脈の中で共同注意や社会的関わりを促進する新たな介入法の開発を進め、その理論と実践を体系化したプログラムが、後に「JASPER」として確立された[3]

関わり合い

JASPERにおける「関わり合い」は、子どもが人や物とどのように相互作用するかを示す中核的な発達領域である。研究者の中では、関わり合いは6つの段階に分けられている。

  • 関わり合いがない状態
子どもが周囲と関わらず、ぼんやりしていたり、部屋の中を歩き回ったり、窓の外を見つめたりしている状態。人や物への明確な関心が見られない。
  • 見ているだけの状態
他者や物を見てはいるが、活動には参加しない。関わり方が分からないなど。たとえば、大人が積み木を積んでいるのを見ているが、自ら参加しようとはしない状態などがある。
  • 人とだけ関わる状態
人に対して注目し、物を介さずに遊ぶ段階。例として、歌をうたう、いないいないばあをする、追いかけっこをするなどがある。定型発達では、生後6か月未満の時期に見られる。
  • ものとだけ関わる状態
社会的な関わりがなく、目の前の物のみに集中している段階。周囲の人との相互作用はほとんど見られない。定型発達では1歳半頃にみられる。
  • 支援のある共同の関わり合い
人と物の両方に同時に関わる「共同の関わり合い」が見られる段階。子どもは大人との一体感を示す行動(顔を見る、模倣する、順番を待つなど)を取るが、多くは大人の行動に反応して生じる。一瞬的なやりとりが多い。例として、大人と積み木遊びをしているとき、大人から渡された積み木を受け取って積む行為などがある。定型発達では18〜36か月頃に見られる。言語能力の多くはこの段階の中で発達する。
  • 協調された共同の関わり合い
子どもが大人の支援をほとんど受けずに、自ら相互のやりとりを開始・維持する段階。アイデアを出し、やりとりを自らリードすることができる。

これらのうち、支援のある共同の関わり合いおよび協調された共同の関わり合いが、JASPERにおける主要な介入目標となる。

定型発達では、生後6か月間に人への関心が芽生え、生後半年頃にものへ関心が拡大する。初期には「人だけ」または「物だけ」に注意を向けることが多く、両者を容易に切り替えることは難しい。生後7か月から12か月頃になると、共同の関わり合いの状態に入り始め、人と物への注意を切り替えながら関わるようになる。具体的には、ものや出来事に対するお互いの興味を相手に伝えることができるようになる。生後18か月までには、遊び時間の約3分の2が共同の関わり合いの状態になるとされる。

一方で、自閉スペクトラム症(ASD)の子どもは、定型発達の子どもが30か月までに相互作用の約20%を共同の関わり合いに費やすのに対し、約5%程度にとどまる。自閉症児は自らやりとりを開始することが特に難しい傾向がある。

JASPERでは、共同の関わり合いの時間を増やすことを主要な目標とする。特に、子どもが「自発的かつ内発的」に行動・コミュニケーションを行う能力の促進を重視する。

  • 自発的行動:自分の意図に基づいて行われる行動。例:自分から「おもちゃで遊びたい」と言う。
  • 反応的行動:他者からの問いかけや促しに応じる行動。例:「どっちが欲しい?」と聞かれて答える。

JASPERは、子どもがこの「自発的行動」が行えるよう支援し、社会的な関わりを深めることを重視している[2]

遊び

「遊び」は、「子どもがものやおもちゃと関わる中で、自発的かつ創造的に自分自身のアイディアや好みに基づいて活動すること」と定義される。

JASPERでは、遊びを「単純遊び」「組合せ遊び」「前象徴遊び」「象徴遊び」の4つのレベルに分けている。単純遊び・組合せ遊び・前象徴遊びは具体的な遊びに分類され、象徴遊びは想像的な遊びに分類される[2]

レベル 種類・名称 説明
単純遊び 区別しない遊び ものを口に入れる、叩く、繰り返し落とすなど、対象を区別せずに行う遊び。 ものを叩く、ものを落とす
区別する遊び 因果関係のある単一の遊び行動。ものを区別して扱う。 ボールを坂に落として転がす/車を転がす/飛び出すおもちゃのボタンを押す
分離する遊び 外したり取り出したりする操作的な遊び。 パズルのピースを外す/積み重なったカップを外す/つながったビーズを分ける
初期の組合せ遊び 一対一の組合せ 特定の場所や形に組み合わせる遊び。 パズルをはめる/棒にリングを通す/貯金箱にコインを入れる
一般的な組合せ 正しい組み合わせ方が決まっていない自由な組合せ遊び。 ブロックを積み上げる
前象徴遊びと組合せ遊び ふり遊び 自分や他者に対して日常的な動作を再現する。 食べるふり/髪をとかすふり/電話をかけるふり
物理的な組合せ遊び ものを組み合わせて身近なものや場所、人を再現する。 ブロックで家をつくる
子ども主体の人形遊び 子どもが主体となり人形に行動させる。 人形の髪をとかす/犬の人形に食べ物をあげる
日常的な組合せ遊び 習慣や日常経験に基づいて、関連するアイテムを一緒に配置する遊び。 お皿に食べ物を置く/枕をベッドに置く/椅子をテーブルの横に置く
単一の場面遊び 自分を主体とするふり遊びを、複数の人形や対象に連続して展開する。 人形Aに食べ物を差し出したあと、人形Bにも差し出す/人形Aの髪をとかしたあと、人形Bの髪もとかす
象徴遊び ものを使った見立て遊び ものを別のものに見立てて遊ぶ。 ブロックを電話に見立て「もしもし」と言う
ものを使わない見立て遊び ものがないときにあるふりをする。 「スープ」と言いながら空のボウルをかき混ぜる
人形主体の人形遊び 人形がものを使ったり、セリフを話したりする。 人形を動かし「お腹がすいたわ、ニャー」と言う
複数の場面遊び 一連の行動を展開するストーリー的な遊び。 人形を滑り台→ブランコ→家に帰るまで遊ばせる
現実的なごっこ遊び 現実の職業や役割を演じる。 保育士/教師/おままごと
空想的なごっこ遊び 架空のキャラクターやファンタジーの役を演じる。 スーパーヒーロー/魔法使い/妖精

定型発達の子どもは、生後4か月から6か月頃には、対象を区別せずにものと関わるようになる。9か月から12か月頃になると、ものがどのように機能するのかを探索し始め、意図的に遊ぶようになる。例えば、ボールを転がすなどの単純な遊びが見られるようになる。

2歳頃になると、ものを組み合わせる遊びへと発展し、その後、ふり遊びのようにものと相互作用したり、ものを使って何かを作り上げたりする方向へ変化していく。たとえば、自分で食事をするふりをしたり、積み木で家を作ったり、人形にカップを差し出すなどの行動が見られる。しかし、これらはまだ象徴的な段階には至っていないため、前象徴遊びに分類される。

生後18か月から36か月の間に、子どもは象徴遊びを始める。48か月頃には、より手の込んだストーリーを計画して演じるようになり、たとえば「海賊になって宝探しをする」といったごっこ遊びが見られる。この段階では、子ども同士が役割や行動を割り当て合い、「ぼくは海賊で、〇〇くんは宝を隠す係ね」といったやり取りが生まれる。また、小石を宝物に見立てるなど、周囲のものを創造的に代用品として使用することもある。

このような遊びの中で、子どもたちは互いにアイディアを出し合い、他者の発想に反応しながら、おもちゃを使って共同でストーリーを発展させていく。笑顔や笑いに満ちた遊びの一体感を共有する中で、意見の違いが生じた際には、問題解決を試みたり、感情を調整したりすることを通して、創造力・問題解決力・コミュニケーションスキルを自然に習得していく。

自閉スペクトラム症(ASD)の子どもは、一般に具体的な遊び(例:積み木を積む、型はめをする)は得意である一方で、抽象的または象徴的な遊びを苦手とする傾向がある。 例えば、積み木を積むこと自体は得意でも、「積み木を使って飛行機を作る」といった創造的な見立て遊びは難しいことが多い。また、人形遊びでは、実際に経験したことのある「お風呂に入る」「バスを待つ」といった場面は再現できるが、「人形を宇宙飛行士に見立てて月に行く」といった抽象的な遊びは困難である場合がある。

支援者は、子どもの生産的な行動を模倣したり、発達段階に適した遊びを提示して見せる(モデリング)などの方法で関わる。子どもが自発的に遊びのアイディアを考え、それを実行する力を育むとともに、遊びの多様性(遊びの種類や展開の幅)および複雑性(遊びの構造や象徴性の深さ)を向上させる[2]

「ベース」「拡大」「リスタート」を繰り返すことで、遊びのルーティンを形成する。例えば、大人と子どもが積み木で動物園を作る活動を「ベース」とし、動物園を倒して再び作り始めることを「リスタート」とする。その後、別の動物園を作ったり(新たなベース)、動物を追加するなどして遊びを「拡大」させ、さらにそれを一緒に倒して再び作り直す(リスタート)といった流れで遊びを展開していく。

社会的コミュニケーション

共同注意

  • 共同注意への反応:大人の働きかけに応じて視線を動かし、他者の注目している対象に注意を向ける。
  • 共同注意の見る:大人と物との間で視線を往復させ、関心を共有する(例:物→大人→物、大人→物→大人)。
  • 共同注意の見せる:興味のあるものを大人に向かって掲げ、注意を促す。
  • 共同注意の指差し:腕を伸ばして人差し指を立て、面白いと思う対象を示したり、経験を共有する。
  • 共同注意の渡す:共有ややり取りを目的として、物を大人に手渡す。
  • 共同注意の言葉:話し言葉や補足的な言葉を用いて物や出来事についてのコメントをし、出来事や対象への興味を共有する。

要求

  • 要求のアイコンタクト:欲しいものや必要なものを伝える際に、人と対象の両方を見る。
  • 要求のために手を伸ばす:腕を伸ばして対象物を要求する。
  • 要求の指差し:人差し指を立て、欲しい物や助けを求める物を示す。
  • 要求の渡す:操作や修理を依頼するため、または片付けを促すために物を他者に渡す。
  • 要求の言葉:話し言葉や補助的手段(例:「ジュースがほしい」など)を用いて要求を伝える。

子どもがジェスチャーを用いた場合、大人がそれを模倣し、さらに1語を付け加えて発話する。例えば、子どもが指差しをした際には、大人が同じ方向を指しながら「車」などと一語加えて応じる。子どもがすでに一語文を話す場合には、大人がそれを二語文に拡大して応答する。子どもが「車」と言った場合、大人は「黄色い車」などと返すことで、子どもの発話を自然に広げる。場合により言葉に共同注意のジェスチャーをつけ、共同注意の発達を促す[2]

関連項目

脚注

  1. ^ About” (英語). JASPER. 2025年11月8日閲覧。
  2. ^ a b c d e f JASPERマニュアル
  3. ^ JASPERマニュアル 序文

外部リンク




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