C-69 (航空機)
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C-69 コンステレーション
C-69 Constellation
C-69は、アメリカ合衆国の航空機メーカーであるロッキード社が開発・製造していた4発レシプロ軍用輸送機である。第二次世界大戦中に開発された。旅客機であるロッキード コンステレーションと共同で開発された。愛称は民間機と同じ「コンステレーション(英: Constellation)」。
初飛行は1943年であり、製造された22機は、アメリカ陸軍航空隊(15機)と民間航空会社に分けて引き渡された。製造されたC-69のほとんどは、後にロッキード L-049 コンステレーションという名称で民間用旅客機に改装された[1]。
設計・開発
真珠湾攻撃とアメリカの第二次世界大戦への参戦を受け、ロッキード社の組立ラインは戦争遂行のためにアメリカ政府によって接収された。組立ラインとともに、ロッキード L-049 コンステレーション旅客機も徴用され、C-69に改称されたうえ、アメリカ陸軍航空隊の装備および兵員輸送機として運用されることになった。1942年2月には、トランスコンチネンタル・アンド・ウェスタン航空(TWA)とパンアメリカン航空が発注していた80機のL-049/L-149 コンステレーションも徴用された。両航空会社が発注していた50機のL-049は、それぞれC-69とC-69Aに改称され、兵員輸送機として運用されることになった。パンアメリカン航空が発注していた30機のL-149は、類似機種であるL-349(機体左上部の貨物ドアがあり、貨物を積載できる点が異なる)に置き換えられ、C-69Bに改称された。さらに180機のC-69Bが発注され、注文残機数は総数210機となった。1942年の夏、戦争の方向性から、島から島へ飛行する、大西洋または太平洋を横断できる大型兵員輸送機の必要性が高まった。これは、Uボートの攻撃によって大西洋の護送船団が直面していた危険を回避するのに役立つとされた。これらの役割のために計画されたダグラス C-54 スカイマスターは、完全な能力には達していなかった。そこで、1942年9月29日、アメリカ陸軍省は契約W535 AC-26610を締結した。この契約により、TWA向けに製造中の9機のL-049が購入され、さらに150機のC-69AとC-69Bが発注された。また、C-69C(L-549)とC-69D 要人輸送型も発注された。しかしながら実際には、計画されたすべてのバリエーションのうち、C-69Cが1機のみしか生産されなかった。
契約W535 AC-26610に関する決定が下されたのとほぼ同時期に試作機XC-69が完成し、1942年12月にロールアウトした。機体はオリーブグリーンとグレーの迷彩塗装が施され、宣伝の目的で機首にはNX25600の民間登録番号とロッキード社のロゴが描かれていた。ロッキード社のエンジニアリング実験工場での機体製造は秘密にされていたが、同機の動力であるライト R-3350 デュプレックス・サイクロンに問題が発生したため、R-3350エンジンをプラット・アンド・ホイットニー R-2800エンジンに換装することが検討された。これにより、XC-69Eという新しい型が誕生したが、最終的にこの計画は中止された。
1943年1月9日、アメリカ陸軍航空隊とロッキード社による最終検査が終わった後、XC-69は初飛行を行った。この時、ロッキード社はボーイング社の主任テストパイロット、エドマンド・T・アレンを招聘した。アレンはR-3350の操縦経験を持つ数少ないパイロットの1人であり、 R-3350が開発された元々の目的でもあったボーイング B-29 スーパーフォートレス戦略爆撃機のテストパイロットでもあった。ロッキード社のテストパイロット、マイロ・バーチャムは、ロッキード P-38 ライトニングの試作機を操縦したことで知られており、XC-69の飛行中は副操縦士を務めた。アレンとバーチャムは飛行中、交代で操縦を行った。設計者のクラレンス・ケリー・ジョンソンとR・L・ソーレンも飛行に同行し、ソーレンは航空機関士を務めた。機体はムロック乾湖(現在のエドワーズ空軍基地)に着陸し、4回の着陸に成功した。バーチャムはXC-69を31分でバーバンクまで飛行させた。XC-69は合計で6回の飛行を行い、飛行時間は通算129分となった。ボーイングB-17 フライングフォートレスとロッキード L-18 ロードスターの2機が写真追跡機として使われた。この経験の後、アレンは「この機体はとてもよく機能するので、もう私の助けは必要ない」とコメントし、ボーイングに戻った。7回目の飛行は1943年1月18日に行われた。その飛行では降着装置のドアが機体に取り付けられ、降着装置を格納できるようになった。降着装置の故障を避けるため、以前は降着装置の格納は行われていなかった。1943年7月28日、XC-69はネバダ州ラスベガスでアメリカ陸軍航空隊に引き渡され、軍用機体番号43-10309が与えられた。その日の午後、XC-69はさらなる試験のためロッキード社に戻った。 C-69は日本の三菱零式艦上戦闘機よりも高い最高速度を達成できた[2]。
しかし、C-69に搭載されていたR-3350エンジンに重大な問題が浮上したのは、XB-29試験機がボーイング社の工場に墜落した時であった。この事故で工場の作業員14名、エドマンド・T・アレン、そしてアレンに随伴していた試験クルー全員が死亡した。XB-29が墜落した原因は、機体のR-3350エンジンの1基が故障して発火し、主翼を焼き尽くしたためであった。C-69を含むR-3350エンジンを搭載したすべての航空機は、エンジンの故障原因の調査が完了するまで運航停止となった。調査の結果、既存のキャブレターを信頼性の高いものに交換することが推奨された。こうして、1943年6月18日以降、試験が再開された。C-69では燃料漏れの問題が発見され、燃料タンクを密閉する新しい方法が明らかになる1944年4月までこの問題は解決されなかった。R-3350エンジンでは、過熱、火災、その他の問題が続いた。この事態は、ロッキード社がエンジンの製造元であるカーチス・ライト社の能力に疑問を抱き始めるほど深刻化した。ロッキード社はアメリカ陸軍航空隊に対し、C-69のエンジンをより信頼性の高いR-2800星型エンジンに交換することを提案した。しかし、アメリカ陸軍航空隊は、エンジンの不具合が解消されるまでR-3350エンジンの生産を中止することにした。このため、C-69の開発は遅れ、さらにC-69は開発優先事項とはみなされなくなった。ロッキード社が戦闘機の開発に注力し続けたこともあり、C-69の競合機であるC-54 スカイマスターは既に飛行試験を実施し、正式に発注までされていた。
2番目の量産型C-69は1943年8月に初飛行した。ロッキード社は1943年末までに4機のC-69を生産することを望んでいたが、アメリカ陸軍航空隊にとってC-69の重要度が低かったため、これは実現しなかった。1944年4月16日、コンステレーション開発における主要人物の1人であり、TWAのオーナーでもあるハワード・ヒューズは宣伝の目的で、エンジン出力65 %で557 km/h(346 mph)の速度を出し、カリフォルニア州バーバンクからワシントンD.C.まで7時間未満で飛行して見せた。これは、ワシントンD.C.に到着したらアメリカ陸軍航空隊に引き渡すという条件で行われた。機体は軍用機体番号を残したまま、TWAの塗装で塗り替えられた。また、このフライトには、TWAの社長ジャック・フライ(旅程の最初の部分を操縦し、後にヒューズに操縦を譲った)と、当時ヒューズの恋人であった女優のエヴァ・ガードナーも同乗していた。他のC-69は、7番目のC-69が北極圏の条件下での試験のためにアラスカ州フェアバンクスまで飛行するなど、さまざまな試験に使用されていた。あるフライトでは、XC-69がライト・フィールドに到着し、有名な飛行家オーヴィル・ライトを搭乗させた。これが彼にとって最後の飛行機でのフライトとなった。ライトは、飛行中に一時的に機体を操縦することを許された。彼は、翼幅が最初の飛行よりも大きいとコメントさえした。3番目のC-69は、1945年8月14日にニューヨークとパリの間を飛行し、大西洋を横断できる能力を示した。試験飛行は15時間未満であり、TWAの乗務員によって行われた。
ロッキード社にとっては残念なことに、戦争が進むにつれて、特に戦況が連合国側の優勢に転じたため、C-69は戦争遂行における重要性を失っていった。戦争の最後の年に運用されたC-69はごく少数であった。それでも、ロッキード社は政府の費用で試験を実施し、機体設計上の問題を解決することができた。R-3350エンジンの問題は解決されつつあったものの、エンジンの取得優先権はC-69よりもB-29にあった。ロッキード社があらゆる努力を尽くしたにもかかわらず、アメリカ陸軍航空隊はC-69よりもC-54 スカイマスターを優先した。戦争終結までに生産されたC-69はわずか22機(うち7機は納入されなかった)であった。C-69Cを除き、他のすべてのC-69は余剰機とされ、1946年から1947年の間に民間市場にて売却された。これらは後に航空会社で使用されていたL-049旅客機にロッキード社によって改修された。試作機XC-69は、唯一のXC-69Eに改修され、R-3350エンジンの代わりにR-2800エンジンを搭載する可能性を検証したが、これは実現しなかった。XC-69Eは後にヒューズ・ツール・カンパニーに売却されたが、その後ロッキード社に買い戻され、L-1049 スーパーコンステレーションの試作機に改修された。かつてのC-69は1機しか現存していない。その残された1機のC-69はピマ航空宇宙博物館に展示されており、TWAの塗装が施されている。
各型
| 派生型 | 製造数 |
|---|---|
| XC-69 | 1 |
| C-69-1-LO | 16 |
| C-69-5-LO | 4 |
| C-69C-1-LO | 1 |
- XC-69
- 非加圧型試作機。1機製造。
- C-69
- 兵員輸送機の初期型。13機製造。他に7機が製造中であったが、組み立てライン上でL-049旅客機に改修された。
- C-69A
- C-69とは異なる内部レイアウトを持つ兵員輸送機。製造機は存在しない。
- C-69B
- 左側に貨物ドアを備えた長距離兵員・貨物輸送機。製造されなかった。社内型式番号L-349。
- C-69C
- 初期型C-69をベースにした要人輸送機型。1機製造。社内型式番号L-549。
- C-69D
- 要人輸送機型。エンジンは複数種類あり、オイルタンクと燃料タンクも追加装備。製造されなかった。
- XC-69E
- 試作機のXC-69を試験の目的でR-3350エンジンに代えて、P&W R-2800星型エンジン4基を搭載するように改修したもの。
仕様(C-69)
出典: Lockheed Constellation:From Excalibur to Starliner[3], Dave's Warbirds.com [4]
諸元
- 乗員: 4名
- 全長: 29.01 m (95 ft 2 in)
- 全高: 6.83 m (22 ft 5 in)
- 翼幅: 37 m(123 ft)
- 翼面積: 153 m2 (1,650 ft2)
- 翼型: 主翼元: NACA 23018、主翼端: NACA 4412[5]
- 空虚重量: 22,680 kg (50,000 lb)
- 最大離陸重量: 32,659 kg (72,000 lb)
- 動力: ライト R-3350-35 デュプレックスサイクロン 18気筒空冷星型エンジン[6]、1,600 kW (2,200 hp) × 4
性能
- 最大速度: 高度10,000 ft(3,048 m)で530 km/h (290 kt)
- 巡航速度: 365 km/h (197 kt)
- 航続距離: 3,900 km (2,100 nm)
- 実用上昇限度: 7,630 m (25,030 ft)
脚注
出典
- ↑ Breffort, Dominique. Lockheed Constellation: from Excalibur to Starliner Civilian and Military Variants. Paris: Histoire and Collecions, 2006. Print. ISBN 2-915239-62-2. p. 11 to p. 17.
- ↑ Anorama – Lockheed Constellation – by Matthew Quiroz Archived 2012-04-25 at the Wayback Machine. ; Retrieved 10/8/11
- ↑ Breffort, Dominique. Lockheed Constellation: from Excalibur to Starliner Civilian and Military Variants. Histoire and Collecions, 2006, p. 175.
- ↑ Dave's Warbirds – C-69 Constellation Info; Retrieved 9/5/11
- ↑ “The Incomplete Guide to Airfoil Usage”. m-selig.ae.illinois.edu. 2019年4月16日閲覧。
- ↑ Lockheed C-69 (L-049) Constellation - Pima Air & Space - retrieved 24 June 2024
参考文献
- Breffort, Dominique (2006). “Lockheed Constellation: from Excalibur to Starliner Civilian and Military Variants”. Histoire and Collecions (Paris: Print). ISBN 2-915239-62-2.
関連項目
原型機・派生機
類似の航空機
その他
外部リンク
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