セント・アンドリューズ教会 (ニューカッスル・アポン・タイン)
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セント・アンドリューズ教会 | |
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セント・アンドリューズ教会
(ニューカッスル・アポン・タイン) |
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北緯54度58分25.2秒 西経1度37分7.91秒 / 北緯54.973667度 西経1.6188639度座標: 北緯54度58分25.2秒 西経1度37分7.91秒 / 北緯54.973667度 西経1.6188639度 | |
所在地 | ニューゲート通り ニューカッスル・アポン・タイン NE1 5SS |
国 | ![]() |
教派 | イングランド国教会 |
ウェブサイト | standrewsnewcastle.org.uk |
管轄 | |
大司祭区 | ニューカッスル管区 |
大執事区 | ノーサンバーランド州 |
主教区 | ニューカッスル主教区 |
セント・アンドリューズ教会(セント・アンドリューズきょうかい、英:St. Andrew's Church, Newcastle upon Tyne)は、イングランドのタイン・アンド・ウィア州ニューカッスル・アポン・タインにあるイングランド国教会[1]における第1級指定の主教区教会。
歴史

教会自体の起源は12世紀とされているが、教会の大部分は13世紀と14世紀に建てられたものである。1726年に教会の入口は正面側に戻された。他の修復作業は1866年にファウラー社が請け負った。
教会のすぐ北側には中世のニューカッスル城壁が今もなお残存しており、教会の東側付近には堂々たる城門もあったのだが、1823年に取り壊された。城門の名の由来ともなったニューゲート通りは今も教会の東端を通っている。
墓所
- 1794年6月、ニューカッスル生まれの肖像画家ウイリアム・ベルが教会に埋葬された。
- 1795年、ニューカッスル生まれの作曲家チャールズ・アヴィソンは教会の北側の入口近くに埋葬された。
オルガン
1783年にドナルドソン社によって設置されたのが教会のオルガンに関する最古の記録である。その後はグレイ社、ニコルソン社、ビーンズ社、およびハリソン・アンド・ハリソン社などが修復を行っている。
オルガンの仕様書は英国オルガン協会のサイトで確認できよう[2]。
オルガニスト
- トーマス・ホードン(1783年)
- ジョージ・バロン(1783年 - 1787年)
- ジョージ・カール(1787年 - 1790年)
- トーマス・ライト(1790年 - 1796年)
- ヘンリー・マンロー(もしくはモンロー)(1796年 - 1819年)
- ジェームズ・スティンプソン[3] (1836年 - 1841年)
- サミュエル・レイ(1841年 - 1845年)
- J. S. リドル(1852年頃)
- ウィッシュ氏(1864年 - ????)
- トマス・アルビオン・オルダーソン(1867年 - 1902年)
- ハロルド・オズワルド(1916年頃)
鐘
塔には1966年にミアーズ・アンド・ステインバンク社(現在のホワイトチャペル鐘鋳造所)が鋳造した6つの鐘が吊るされている。最も重いので16.5ハンドレットウェイト、もしくは844kgの重さがある[4]。
脚注
- ^ The Buildings of England : Newcastle and Gateshead: Nikolaus Pevsner.
- ^ “The National Pipe Organ Register”. Npor.org.uk. 2019年1月25日閲覧。
- ^ “Mr James Stimpson”. Durham County Advertiser (England). (15 July 1836) 2021年1月9日閲覧。
- ^ “Tower details”. dove.cccbr.org.uk. 2022年11月24日閲覧。
外部リンク
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