コンスタンチン・モチューリスキー
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コンスタンチン・モチューリスキー(ロシア語: Константин Васильевич Мочульский、コンスタンチン・ワシーリエヴィチ・モチューリスキー、1892年1月28日(現行暦2月9日) - 1948年3月21日)は、文芸学者。オデッサ出身[1]。
概要
大著『評伝ドストエフスキー』(下記・日本語版では全754頁)を著述した。
ゲシュタポによって逮捕され、ナチスの強制収容所で亡くなった修道女マザー・マリア(エリザヴェータ・スコプツォーワ)とかかわりがあった[1]。
略歴
- 1892年1月28日、オデッサで生まれる[1]。
- 1910年、ペテルブルグ大学文学部ロマンス語・ドイツ語学科入学[1]。
- 1922年、パリに移り住む[1]。
- 1924年、ソルボンヌのロシア学部において教授となる(1941年まで)[1]。
- 1946年、結核になる[1]。
- 1948年3月21日、56歳で亡くなる[1]。
著書
- コンスタンチン・モチューリスキー『評伝ドストエフスキー』 松下裕・松下恭子訳、筑摩書房、2000年。ISBN 4480885099
- 初刊は1947年、ロシア語で『ドストエフスキー──生涯と作品』[1]で刊行。
脚注
- コンスタンチン・モチューリスキーのページへのリンク