カトラン・フォルチュネとは? わかりやすく解説

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カトラン・フォルチュネ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/07 05:22 UTC 版)

カトラン・フォルチュネCatherin Fortuné, 生没年未詳)は、16世紀後半のフランス詩人。長らく、この人物は実在せず、ジャン・ド・シュヴィニー(ジャン=エメ・ド・シャヴィニー)の偽名にすぎないと見なされていた。

シャロン(シャロン=シュル=ソーヌ?)の出身で、1578年にリヨンの港の責任者の補佐役となっている。

同時代のアントワーヌ・デュ・ヴェルディエの書誌にはこの人物は登場せず、その著作はいずれもシュヴィニーの項で扱われていたため、長らくシュヴィニーと同一人物であると思われていた。デュ・ヴェルディエがこの2人をなぜ混同してしまったのかは分かっていないが、この2人に何らかの密接な関わりがあったためと推測される(ベルナール・シュヴィニャールは、フォルチュネに詩の手ほどきをしたのがシュヴィニーだったのではないかとしている)。

著作

『リヨンの城砦』(1890年)のタイトルページ。
  • 『パシーの領主マンドロー殿に捧げる、リヨンの船の水先案内人 Le pilote de la nef lyonnoise, dedié à Monseigneur Mons. de Mandelot, Seigneur de Passy』(リヨン、1570年)
    ガリカデジタル図書館(フランス国立図書館)で公開されている
  • 訳書『パシーの領主マンドロー殿への祝賀 Congratulation à Monseigneur, Monsieur de Mandelot, seigneur de Passi』(リヨン、1571年)
  • 『ジャン=エメ・ド・シャヴィニーによる、リヨンの城砦 La Citadelle Lyonnoise, par Jean Aimé de Chavigny』(リヨン、1890年)
    18世紀に発見された手稿が1890年になって出版されたもの。手稿にはフォルチュネの署名があるが、当時は同一人物説が有力だったため、シャヴィニー名義になっている。

この他にも、デュ・ヴェルディエが言及していたが現存しないシュヴィニー(シャヴィニー)の著作の中には、フォルチュネの著作が混じっている可能性がある。





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