ウィリアム・ディグビー (聖職者)とは? わかりやすく解説

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ウィリアム・ディグビー (聖職者)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/24 05:04 UTC 版)

サミュエル・ウィリアム・レノルズ英語版によるメゾチント、1834年。原作ジョシュア・レノルズ

ウィリアム・ディグビー英語: William Digby1733年1月21日1788年9月18日)は、イングランド国教会の聖職者。ウスター大聖堂首席司祭英語版(在任:1769年 – 1778年)、ダラム大聖堂首席司祭英語版(在任:1778年 – 1788年)を歴任した[1]

生涯

エドワード・ディグビー閣下と妻シャーロット(Charlotte、旧姓フォックス(Fox)、1778年11月没、スティーブン・フォックス英語版の娘)の息子として[2]、1733年1月21日に生まれた[3]。1752年6月4日にオックスフォード大学クライスト・チャーチに入学、1756年にB.A.の学位を、1759年にM.A.の学位を、1765年にD.C.L.英語版の学位を修得した[4]

1759年9月23日に執事に、1760年3月2日に司祭に叙任された後、1760年4月2日から1766年6月10日までキルミントン英語版牧師を、1765年12月19日から1789年1月27日までコーゾル英語版の代理牧師(vicar)を、1766年3月20日から1789年2月9日までシェルドン英語版の牧師を務めた[1]。1769年8月29日から1778年1月27日までウスター大聖堂首席司祭英語版を、1777年9月18日から1788年までダラム大聖堂首席司祭英語版を務めた[1]

1788年9月18日に死去した[3]

家族

1766年4月14日、シャーロット・コックス(Charlotte Cox、1791年6月27日没、ジョセフ・コックスの娘)と結婚、4男5女をもうけた[3]

  • シャーロット・ソフィア(1835年12月15日没) - 1784年4月3日、第2代準男爵サー・ジョン・シェフィールド(1815年2月4日没)と結婚、子供なし[3]
  • ヘンリー英語版(1770年1月20日 – 1842年8月19日) - 海軍軍人。1806年4月17日、ジェーン・エリザベス・クック(Jane Elizabeth Coke、1863年4月29日没、初代レスター伯爵トマス・クックの娘)と結婚、子供あり。第9代ディグビー男爵エドワード・セント・ヴィンセント・ディグビーの父[3]
  • ウィリアム(1774年2月25日 – 1829年1月14日) - 聖職者。1800年、アルメリア・オーガスタ・ケアリー(Almeria Augusta Cary、ルーシャス・ファーディナンド・ケアリー閣下の娘)と結婚、子供なし。1803年、シャーロット・エリザベス・ディグビー(Charlotte Elizabeth Digby、1820年9月13日没)と再婚、子供なし[3]
  • エリザベス・ジュリアナ(1807年11月没) - 1794年2月18日、サー・ジョン・ヘンリー・ニューボルト(Sir John Henry Newbolt)と結婚
  • マリア(1842年9月23日没) - 1794年8月28日、第2代イルチェスター伯爵ヘンリー・フォックス=ストラングウェイズと結婚、子供あり[3]
  • キャロライン(1835年4月14日没) - 1791年6月13日、第2代準男爵サー・トマス・ニーヴと結婚、子供あり[3]
  • チャールズ・ジョージ(1780年9月14日 – 1829年1月14日) - 海軍軍人。1821年9月13日、ダイアナ・アリシア・スコット(Diana Alicia Scott、1878年5月6日没、W・H・スコット閣下の娘)と結婚、子供あり[3]
  • ジョセフ(1786年7月15日 – 1860年3月5日) - 海軍軍人。アン・ジャクソン(Ann Jacksonジョサイアス・ジャクソン英語版の娘)と結婚、子供あり[3]
  • ハリエット - 1808年、サミュエル・セラル(Samuel Serrall)と結婚[3]

出典

  1. ^ a b c "Digby, William (0–1789) (CCEd Person ID 10620)". The Clergy of the Church of England Database 1540–1835 (英語). 2021年8月1日閲覧
  2. ^ Cokayne, George Edward; Gibbs, Vicary; Doubleday, H. Arthur, eds. (1916). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (Dacre to Dysart) (英語). Vol. 4 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press, Ltd. pp. 354–356.
  3. ^ a b c d e f g h i j k Burke, Sir Bernard; Burke, Ashworth P., eds. (1915). A Genealogical and Heraldic History of the Peerage and Baronetage, the Privy Council, Knightage and Companionage (英語) (77th ed.). London: Harrison & Sons. pp. 642–643.
  4. ^ Foster, Joseph, ed. (1891). Alumni Oxonienses 1715-1886 (A to D) (英語). Vol. 1. Oxford: University of Oxford. p. 370.
イングランド国教会の称号
先代
サー・リチャード・ロッテスリー準男爵英語版
ウスター大聖堂首席司祭英語版
1769年 – 1778年
次代
ロバート・フォーリー英語版
先代
トマス・ダンピア英語版
ダラム大聖堂首席司祭英語版
1778年 – 1788年
次代
ジョン・ヒンチクリフ英語版



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