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CAR GRAPHIC

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/09/26 15:14 UTC 版)

CAR GRAPHIC(カーグラフィック、通称CG、俗称カーグラ)は、日本の出版社「株式会社カーグラフィック」が発行する自動車雑誌である。毎月1日に発行。

目次

概要

1962年4月に、主に書道などの美術書を専門に出版していた中堅出版社である二玄社より、小林彰太郎、高島鎮雄、吉田次郎によって創刊された。創刊されたときの誌名は「CARグラフィック」であった。それ以前に新車を紹介するだけの車雑誌はあったが、自動車を批評する記事を載せたのは当誌が最初である。

小林彰太郎はモーターマガジン誌への「ロードインプレッション」などの寄稿で当時の車愛好家に知られており、高島・吉田も同誌編集部員であった。当初は編集長は置かず、小林は編集顧問として客員的存在であったが、後に初代編集長に就任、同誌を日本の代表的な自動車雑誌に育て上げた。小林は現在も編集顧問を務め、同誌に「A BIT BEHIND THE TIMES」を連載、同誌の象徴的存在であり続けている。なお、創刊当時から暫くは1号につき1メーカー特集という編集方針を採っており、創刊号の特集はメルセデス・ベンツであった。

厳正中立な評論と豊富な海外レース情報を中心に、美しい写真で紙面を飾るというその編集方針により、創刊後40年以上経った現在においても日本を代表する自動車雑誌として世界各国で評価が高い。そのほか環境問題や交通問題などの自動車の負の部分にも言及している。また、F1マカオグランプリなどの海外モータースポーツの結果をいち早く日本に紹介した他、0-400m(ゼロヨン)加速テストや長期テストなどのテスト手法を日本の自動車界に持ち込むなど、日本の自動車評論のあり方を大きく変えた雑誌でもある。

また、海外ネットワークの強さを売りにしており、ベルギージャーナリストで元F1ドライバーのポール・フレールや、ホンダF1にも在籍した事のあるF1ドライバーチャンピオンジョン・サーティース、高島の友人でイタリアに在住し、ジョルジェット・ジウジアーロ と後年イタルデザインを起業する宮川秀之、英国のジャーナリストであるロナルド・バーカー、デビッド・フィップス等、1960年代から既に豊富な執筆陣を揃えている。

編集長は、小林の後を継いだ熊倉重春、阪和明、加藤哲也、塚原久を経て、現在は6代目となる田中誠司である。姉妹誌であった「ナビ(NAVI)」(2010年に廃刊)と合わせて、「ハードのCG、ソフトのNAVI」とのキャッチコピーが使用されていたこともあった。姉妹誌「ナビ」の廃刊は、発行部数と広告収入の減少によるものであったが、本誌についても読者層の高齢化という問題が明らかにされた[1]

広告収入の減少などによる収益性悪化を受けて、二玄社が自動車雑誌の出版から撤退することに伴い、2010年6月号を持って二玄社での発行を終了し、同年7月号から別資本で設立した新会社「株式会社カーグラフィック」による新体制で発行されることが明らかになった。しかし販売については引き続き二玄社がそれを行っている。これに伴い複数の編集者が退任し、塚原編集長も退任することが決定した[2]が、小林や加藤などはカーグラフィック社に移籍し、引き続き発行に携わることとなった[3]。体制の変更はあったものの本誌の構成や内容に大きな変化はなく、2011年には600号を迎えるという長い伝統を継承している。

企画や特徴

  • 日本で最も権威がある自動車雑誌であった[誰?]
  • 全体的に記事や構成が硬めといわれる[誰?]
  • 当初からヨーロッパ車に偏った傾向が見られ、国産車やアメリカ車に対しての扱いが低く不当な評価が多い。
  • 海外のモータースポーツや新車レポートだけではなく、海外の車事情や公害問題、自動車安全問題など、日本の他の自動車雑誌が滅多に取り上げる事の無いような社会的記事も掲載されたことがあった。
  • 但し輸入車偏重となる記事も多く、輸入車のマイナートラブルには寛容だが国産車の評価は重箱の隅をつつく様な記事もあり、不公平な扱いがある。たとえばW211のSBCをはじめとして多くのリコールや不具合は記事や長期テストでで触れられていない。
  • 外来語の表記も独特、かつ一般的ではない。現在も使われているのが、タイヤは「タイア」、コルベットは「コーヴェット」、FF/FR車は「FWD車」「RWD車」、マセラティは「マセラーティ」など。現在は使われていないものとしては、シトロエンをシトローエン、レンジローバーは「レインジローヴァー」、ボルボは「ヴォルヴォ」、ピレリは「ピレッリ」(発音出来ない)など。
    • こ れは、創刊時に小林がイギリスの自動車専門誌Autocarの上品な文体に感銘を受けてこの日本版を作りたいと思い、表記や発音をイギリス読みに近づけた結果、このような表記となったものと考えられる[誰?]。しかし現在では、通称名が日本で商標登録されると登録名称に従う編集方針をとっている。
  • 創刊当時よりモータースポーツ報道に力を入れており、また、編集部員自らFJ1600などの初級フォーミュラや各種ワンメイクレースに参戦している。2009年現在ではロータス・カップに出場している。
  • 1980年代後半バブル景気の時代、巻末に100ページ以上の並行輸入業者や中古外車屋の広告が掲載され、現在の倍近いページ数の時もあった。しかしバブル景気崩壊でそれら業者自体が減少し、中古車専門の姉妹誌を出したため、一時期はメーカー以外の広告掲載数が大幅に減った。現在では姉妹誌が廃刊し、中古外国車販売業者の広告は増加傾向にある。
  • CGは他誌に見られる様なジャーナリストに記事を執筆依頼せず、重要な記事は編集部員が自ら取材に出向き執筆するというのが原則となっている。しかしながら過去の編集部員の口調の模倣が目に付き、実際に整備に関する知識が乏しいうわべだけの記事が散見され、技術解説もプレスキットを書き移すだけのものが見られる。
  • 自動車雑誌史上、あまりない例を以下に挙げる。
    • 1971年8月号で、小林彰太郎が東名高速道路メルセデス・ベンツ600で184km/hで巡航し、最初の給油地である浜松まで259kmを1時間45分で走りきったという内容が記され、物議を醸した事もあった。これについて、小林彰太郎は2004年2月号のマイバッハ57で同じルートを行く記事と同号の小林個人のコラム、A BIT BEHIND THE TIMESにて、(以下本文の編集済み)「このころの東名はウソの様に空いており、誰にも迷惑をかけず、最高速を安全を保って走行できた。だから、どんな車でも、東名に乗った途端、われわれは床までスロットルを踏みつけたものだ。それは、自動車がこれほど進歩したのに高速道路の制限速度が100km/hにすぎない。これほどの時代錯誤はないではないか。これによって朝野に一石を投じようと思ったのである。しかし、いまから思えば、不遜だったと思うが、あのころは、CGも筆者も青春の真っ只中だったのだ。」と弁明している。その1971年8月号が出てしばらくした後に、当時東京新聞報道カメラマンだった三本和彦が「オイ、警視庁があれを問題にしているぞ。」と友人の身を案じて伝えたが、小林本人は当方の思うつぼだと思っており、しかるべきところで、交通法規が世界から遅れており、自然な社会発達を阻んでいるかを主張しようと思っていたが、結局今日までなんの音沙汰もなく、本人は少々がっかりしたという。
  • 厳正中立をモットーとしているだけに、それを犯すような行動には厳しい態度を取ることでも有名[誰?]。下記にその一例を挙げる。
    • 復刻版ミッレミリアをその復刻当時から積極的に取り上げ、小林編集長自ら車を持ち込み毎年参戦すらしていたが、バブル景気崩壊直後に開催された日本版ミッレミリア(1992年フジテレビ開催「ラ・フェスタ・ミッレミリア」)の開催をめぐり、「不明朗な参加登録費を徴収するなど金儲け主義的である」として日本版の主催者とそれを公認したイタリア側の主催者と決裂し、その後は日本版とイタリアの開催についても記事にしていない。
    • 1990年初頭のバブル景気時、三菱商事企画のクラシックカーオークションの広告が、企画制作段階において数度警告を行なったにもかかわらず、あたかも編集部公認の企画広告を髣髴とさせるレイアウトで出稿され、掲載号で小林編集長自ら「その広告に編集部は一切関知していない」旨の文を載せ、暗にルールを無視した三菱商事と担当広告代理店を痛烈に批判した(このオークションは成功せず以降開催が無い)。
    • CGの名を冠したカーワックスなどのケミカル類が発売されており、中立性から読者のなかで議論となったことがある。

LONG TERM TEST (長期テスト)

複数の新型車の長期テスト。個々の車種の信頼性を測るテストとされ、1台につき約2年間実施(3年近い場合もある)。テスト車両は編集部員の普段の足として取材会場に機材を積載されることもある。車の選択には確固としたポリシーはなく、市場の販売数や人気、技術的な意義などと乖離した例も見られる。これらの車種には導入順(例外あり)に3桁の数字がつけられている。なおテスト終了後は次のテスト車の下取り車として売却されたり、申し出た他オーナーに売却する例もある。社用車として、担当編集部員や他の部員が使う場合もある。売却時のコンディションはかなり良いが、通年で走行するため年間およそ1万5000kmから4万kmがオドメーターに刻まれる。これ以外に貸与と疑われるテスト車がみられたことがある。又、同社の自動車雑誌NAVIでもour carsという長期リポートを行っている。

テスト車両

2008年03月号現在では(最新順に)、下記の計9車種の長期テストを行っている。

過去最高価格車は、アズキ色の1988年式 BMW 750iLで(車両本体価格1358万円)、二玄社渡邊隆男社長の足としても使用された。

CG AWARD

毎年、その年にデビューしたクルマの中から、CGが選ぶ1台としてCGアウォードが選出される。2003年を例にして、大賞にあたるのが、CG AWARD 2003 Car。デザイン部門といえるのが、CG AWARD 2003 Design。技術部門といえるのが、CG AWARD 2003 Engineering。広告に付属する効果をたたえる賞が、CG AWARD 2003 Advertisement。モータースポーツ・シーンの中の一番を称える賞が、CG AWARD 2003 Competotionとなっている。毎年、翌年2もしくは3月号の巻頭特集として発表される。


CG AWARD [編集] 毎年、その年にデビューしたクルマの中から、CGが選ぶ1台としてCGアウォードが選出される。2003年を例にして、大賞にあたるのが、CG AWARD 2003 Car。デザイン部門といえるのが、CG AWARD 2003 Design。技術部門といえるのが、CG AWARD 2003 Engineering。広告に付属する効果をたたえる賞が、CG AWARD 2003 Advertisement。モータースポーツ・シーンの中の一番を称える賞が、CG AWARD 2003 Competotionとなっている。毎年、翌年2もしくは3月号の巻頭特集として発表される。 その他 [編集]


この節には、複数の問題があります。改善やノートページでの議論にご協力ください。 独自研究が含まれているおそれがあります。 2009年11月にタグ付け 言葉を濁した曖昧な記述になっています。 2009年11月にタグ付け カーグラフィックTV [編集] 詳細は「カーグラフィックTV」を参照 イベントの紹介や新車の比較、レースの特集等をする番組がある。

その他

CGバックナンバー

GAZOOを通じ、過去記事を販売するサービス。通常のバックナンバーと異なり、希望記事のみの販売で1962年創刊当初の記事も販売する。「CG長期テストダイジェスト」は、過去の特定車種の長期テスト記事を掲載開始から終了まで購入可能。記事のダウンロードも行っている。以前はCG CLUB会員のみ、モノクロコピーを郵送で購入可能であった。

姉妹誌

「NAVI」以外は「別冊CG」の文字が入っていた。2010年4月までに、すべての雑誌が廃刊となったが一部は復刊している。

  • NAVI』 - 1984年に創刊された自動車雑誌。2010年3月発売号をもって廃刊となった。
  • MOTO NAVI』 - 上記『ナビ』の自動二輪車版。2010年に一時休刊。編集を行っていた株式会社ボイスパブリケーションの手により続刊され販売されている
  • BICYCLE NAVI』 - 同、自転車版。2010年に一時休刊。やはり株式会社ボイスパブリケーションの手により続刊され販売されている
  • UCG』 - 外国車を中心とする中古車情報専門誌であったが、2008年5月号をもって廃刊となった
  • 『スーパー CG』 - 1989年創刊されたクラシックカーを中心とした自動車雑誌。日本の自動車関連の定期刊行物としては他に例を見ない高い内容のものであった。初代編集長は高島鎮雄、92年より伊東和彦が編集長であった。1995年の休刊を経て復刊したものの、2007年、第50号をもって惜しまれつつも廃刊となった
  • 『スティーレ(STILE)」 -「カーグラフィックから生まれたライフスタイル誌」と謳って2005年に創刊され、編集長はCG編集長であった加藤哲也が兼任していたが数号で廃刊となった。

関連人物

カーグラフィックTV

詳細は「カーグラフィックTV」を参照

イベントの紹介や新車の比較、レースの特集等をする番組がある。

CG CLUB

1987年に発足した会員組織である。有料制の組織だが、NEWS LETTERと呼ばれる会報が配られたり、ウェブや紙面で紹介されている通信販売「Pride&Joy」での割引優遇や、グッズやカレンダーの無料配布がされた。組織規模はかなりのもの[誰?]であった。運営は、CG CLUB事務局とCG事業企画室で行われていた。イベントの主催はあくまで二玄社ではなく、読者組織のCG CLUB事務局の名で行われる。以下の項目は下記リンク先のCG CLUBのホームページに詳しい。

イベント会場風景
  • Spring Meet とAutumn Meet

関東開催の「Spring Meet」(かつてはCG DAY)、近畿開催の「Autumn Meet」の2大イベントの規模はCG CLUB事務局主催のイベントでは最大で、既に10年以上続いている。2005年春、松任谷正隆総合プロデュースで開催されたSpring Meet 2005は、2日間CG、NAVIの編集部総出で「としまえん」へ出向き、編集部員個々が読者と話し合う「インプレッション・カフェ」や、編集記者運転の車両に同乗する「ドキドキナビ体験」が目玉となり、その他の企画もあわせて行われた。ゲストトークショーに久米宏パンツェッタ・ジローラモなどが参加した。

2006年のSpring Meet 2006は、サイクルスポーツセンター静岡県伊豆市)において、参加者持ち込み車両を自身又は編集記者の運転でコース走行などが催された。これは編集部内の大幅な人員転換が理由だとみられる[誰?]

イベント会場風景
  • TTD

TTD(Tea Talk&Driveの略)と呼ばれる小規模ミーティングも全国でしばしば開催される。

  • 独立

2010年 二玄社の経営不振からCG CLUBに対する一切の資金と人員・機材の支援はなくなることとなった。それをうけて2010年4月1日からは完全に独立している。株式会社二玄社と株式会社カーグラフィックとは友好関係にはあっても全く別の組織となっている。クラブは会員のみで構成され専従者はいない。また、運営に使われる資金は会員からの年会費3,600円のみである。しかし毎月のニューズレターは引き続き発行されている。イベントは規模の縮小はあるものの基本的に同じように開催されている。各地で行われる上記のTTDなどはもともと費用がかからないので活発に行われている。このクラブのイベントは会員でなくても自由に参加できるオープンなものであることが特徴である。事務局所在地は神奈川県横浜市である。2010年7月10日時点での会員数は2,687名で微増傾向にある。詳しくは下記リンク先を参照されたい。

過去の長期テスト車

CGの長期テスト車は一般の顧客同様、ディーラーから購入。例外でロータス・ヨーロッパ(4号車)やスカイラインRS(44号車)などはメーカー/インポーターから直接購入した。近年、長期テスト車の在籍期間は2年前後で、バブル期は1年に満たないものも多々ある。また最終回の後、長期テストページに掲載されることが稀にある。

出典

  1. ^ 自動車雑誌「NAVI」休刊 産経新聞、2010年1月6日
  2. ^ レスポンス「二玄社、自動車雑誌から撤退…『カーグラフィック』新体制に」2010年5月10日
  3. ^ この度の『CAR GRAPHIC』発行体制の変更について

関連項目

外部リンク


カーグラフィック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/28 12:26 UTC 版)

(CAR_GRAPHIC から転送)

カーグラフィック
CAR GRAPHIC
愛称・略称 カーグラ、CG
ジャンル 自動車雑誌
刊行頻度 月刊(毎月1日発売)
発売国 日本の旗 日本
言語 日本語
定価 1200円
出版社 株式会社カーグラフィック
発行人 加藤哲也
名誉編集長 小林彰太郎
編集長 田中誠司
雑誌名コード 04951
特記事項 2010年より発行元が「株式会社カーグラフィック」に変更

カーグラフィックCar Graphic 、通称CG、俗称カーグラ)は、日本の出版社「株式会社カーグラフィック」が発行する自動車雑誌である。毎月1日に発行。

目次

歴史

1962年4月に、主に書道などの美術書を専門に出版していた中堅出版社である二玄社より、小林彰太郎、高島鎮雄、吉田次郎によって創刊された。創刊されたときの誌名は「CARグラフィック」であった。それ以前に新車を紹介するだけの車雑誌はあったが、自動車を批評する記事を載せたのは当誌が最初である。

小林彰太郎はモーターマガジン誌への「ロードインプレッション」などの寄稿で当時の車愛好家に知られており、高島・吉田も同誌編集部員であった。当初は編集長は置かず、小林は編集顧問として客員的存在であったが、後に初代編集長に就任、同誌を日本の代表的な自動車雑誌に育て上げた。小林は現在も編集顧問を務め、同誌に「A BIT BEHIND THE TIMES」を連載、同誌の象徴的存在であり続けている。なお、創刊当時から暫くは1号につき1メーカー特集という編集方針を採っており、創刊号の特集はメルセデス・ベンツであった。

傾向

厳正中立な評論と豊富な海外レース情報を中心に、美しい写真で紙面を飾るというその編集方針により、創刊後40年以上経った現在においても日本を代表する自動車雑誌として世界各国で評価が高い。そのほか環境問題や交通問題などの自動車の負の部分にも言及している。また、F1マカオグランプリなどの海外モータースポーツの結果をいち早く日本に紹介したほか、0-400m(ゼロヨン)加速テストや長期テストなどのテスト手法を日本の自動車界に持ち込むなど、日本の自動車評論のあり方を大きく変えた雑誌でもある。

また、海外ネットワークの強さを売りにしており、ベルギージャーナリストで元F1ドライバーのポール・フレールや、ホンダF1にも在籍した事のあるF1ドライバーチャンピオンジョン・サーティースと、そのチーム監督を務めた中村良夫、高島の友人でイタリアに在住し、ジョルジェット・ジウジアーロ と後年イタルデザインを起業する宮川秀之、英国のジャーナリストであるロナルド・バーカー、デビッド・フィップスなど、1960年代からすでに豊富な執筆陣を揃えている。

編集長は、小林の後を継いだ熊倉重春、阪和明、加藤哲也、塚原久を経て、現在は6代目となる田中誠司である。姉妹誌であった「ナビ(NAVI)」(2010年に休刊)と合わせて、「ハードのCG、ソフトのNAVI」とのキャッチコピーが使用されていたこともあった。姉妹誌「ナビ」の休刊は、発行部数と広告収入の減少によるものであったが、本誌についても読者層の高齢化という問題が明らかにされた[1]

出版社移籍

広告収入の減少などによる収益性悪化を受けて、二玄社が自動車雑誌の出版から撤退することに伴い、2010年6月号を持って二玄社での発行を終了し、同年7月号から別資本で設立した新会社「株式会社カーグラフィック」による新体制で発行されることが明らかになった。これに伴い複数の編集者が退任し、塚原編集長も退任することが決定した[2]が、小林や加藤などはカーグラフィック社に移籍し、引き続き発行に携わることとなった[3]。体制の変更はあったものの本誌の構成や内容に大きな変化は見られない。2011年3月号は創刊から600号となり、創刊50周年も近いという長い伝統を継承している。販売については二玄社が引き続き行なっていたが2011年4月号(601号)からは株式会社カーグラフィックが行っている。これに伴い雑誌コードが04303から04951となった。最新号・バックナンバーの情報を含めて詳しくは下記の同社ウェブサイトを参照されたい。

企画や特徴

  • 当初からヨーロッパ車に偏った傾向が見られ日本車やアメリカ車に対しての扱いが低く不当な評価が多く、輸入車のマイナートラブルには寛容だが日本車の評価は重箱の隅をつつくような記事もあり、不公平な扱いがある。たとえばW211のSBCをはじめとして多くのリコールや不具合は記事や長期テストで触れられていない。
  • 海外のモータースポーツや新車レポートだけではなく、海外の車事情や公害問題、自動車安全問題など、日本のほかの自動車雑誌が滅多に取り上げないような社会的記事も掲載されたことがあった。
  • 外来語の表記も独特、かつ一般的ではない(原発音に忠実とも言える)。現在も使われているのが、タイヤは「タイア」、コルベットは「コーヴェット」、FF/FR車は「FWD車」「RWD車」、マセラティは「マセラーティ」など。現在は使われていないものとしては、シトロエンをシトローエン、レンジローバーは「レインジローヴァー」、ボルボは「ヴォルヴォ」、ピレリは「ピレッリ」など。しかし現在では、通称名が日本で商標登録されると登録名称に従う編集方針をとっている。
  • 創刊当時よりモータースポーツ報道に力を入れており、また、編集部員自らFJ1600などの初級フォーミュラや各種ワンメイクレースに参戦している。2009年現在ではロータス・カップに出場している。
  • 1980年代後半、巻末に100ページ以上の並行輸入業者や中古外車屋の広告が掲載され、現在の倍近いページ数の時もあった。しかしバブル景気崩壊でそれら業者自体が減少し、中古車専門の姉妹誌を出したため、一時期はメーカー以外の広告掲載数が大幅に減った。現在では姉妹誌が廃刊し、中古外国車販売業者の広告は増加傾向にある。
  • CGは他誌に見られる様なジャーナリストに記事を執筆依頼せず、重要な記事は編集部員が自ら取材に出向き執筆するというのが原則となっている。しかしながら過去の編集部員の口調の模倣が目に付き、実際に整備に関する知識が乏しいうわべだけの記事が散見され、技術解説もプレスキットを書き移すだけのものが見られる。
  • 自動車雑誌史上、あまりない例を以下に挙げる。
    • 1971年8月号で、小林彰太郎が東名高速道路メルセデス・ベンツ600で184km/hで巡航し、最初の給油地である浜松まで259kmを1時間45分で走りきったという内容が記され、物議を醸した。これについて小林彰太郎は2004年2月号のマイバッハ57で同じルートを行く記事と同号の小林個人のコラム、A BIT BEHIND THE TIMESにて、(以下本文の編集済み)「このころの東名はウソの様に空いており、誰にも迷惑をかけず、最高速を安全を保って走行できた。だから、どんな車でも、東名に乗った途端、われわれは床までスロットルを踏みつけたものだ。それは、自動車がこれほど進歩したのに高速道路の制限速度が100km/hにすぎない。これほどの時代錯誤はないではないか。これによって朝野に一石を投じようと思ったのである。しかし、いまから思えば、不遜だったと思うが、あのころは、CGも筆者も青春の真っ只中だったのだ。」と弁明している。その1971年8月号が出てしばらくした後に、当時東京新聞報道カメラマンだった三本和彦が「オイ、警視庁があれを問題にしているぞ。」と友人の身を案じて伝えたが、小林本人は当方の思うつぼだと思っており、しかるべきところで、交通法規が世界から遅れており、自然な社会発達を阻んでいるかを主張しようと思っていたが、結局今日までなんの音沙汰もなく、本人は少々がっかりしたという。
  • 厳正中立をモットーとしているだけに、それを犯すような行動には厳しい態度を取っている。下記にその一例を挙げる。
    • 復刻版ミッレミリアをその復刻当時から積極的に取り上げ、小林編集長自ら車を持ち込み毎年参戦すらしていたが、1992年フジテレビが開催した日本版ミッレミリアである「ラ・フェスタ・ミッレミリア」の開催をめぐり、「不明朗な参加登録費を徴収するなど金儲け主義的である」として日本版の主催者とそれを公認したイタリア側の主催者と決裂し、その後は日本版とイタリアの開催についても記事にしていない。
    • 1990年初頭、三菱商事企画のクラシックカーオークションの広告が、企画制作段階において数度警告を行なったにもかかわらず、あたかも編集部公認の企画広告を髣髴とさせるレイアウトで出稿され、掲載号で小林編集長自ら「その広告に編集部は一切関知していない」旨の文を載せ、暗にルールを無視した三菱商事と担当広告代理店を痛烈に批判した(このオークションは成功せず以降開催がない)。
    • CGの名を冠したカーワックスなどのケミカル類が発売されており、中立性から読者のなかで議論となったことがある。

LONG TERM TEST (長期テスト)

複数の新型車の長期テスト。個々の車種の信頼性を測るテストとされ、1台につき約2年間実施(3年近い場合もある)。テスト車両は編集部員の普段の足として取材会場に機材を積載されることもある。車の選択には確固としたポリシーはなく、市場の販売数や人気、技術的な意義などと乖離した例も見られる。これらの車種には導入順(例外あり)に3桁の数字がつけられている。なおテスト終了後は次のテスト車の下取り車として売却されたり、申し出たほかオーナーに売却する例もある。社用車として、担当編集部員や他の部員が使う場合もある。売却時のコンディションはかなり良いが、通年で走行するため年間およそ1万5,000kmから4万kmがオドメーターに刻まれる。これ以外に貸与と疑われるテスト車がみられたことがある。また、同社の自動車雑誌NAVIでもour carsという長期リポートを行っている。

テスト車両

2008年03月号現在では(最新順に)、下記の計9車種の長期テストを行っている。

過去最高価格車は、アズキ色の1988年式 BMW 750iLで(車両本体価格1,358万円)、二玄社渡邊隆男社長の足としても使用された。

CG AWARD

毎年、その年にデビューしたクルマの中から、CGが選ぶ1台としてCGアウォードが選出される。2003年を例にして、大賞にあたるのが、CG AWARD 2003 Car。デザイン部門といえるのが、CG AWARD 2003 Design。技術部門といえるのが、CG AWARD 2003 Engineering。広告に付属する効果をたたえる賞が、CG AWARD 2003 Advertisement。モータースポーツ・シーンの中の一番を称える賞が、CG AWARD 2003 Competotionとなっている。毎年、翌年2もしくは3月号の巻頭特集として発表される。

CGバックナンバー

GAZOOを通じ、過去記事を販売するサービス。通常のバックナンバーと異なり、希望記事のみの販売で1962年創刊当初の記事も販売する。「CG長期テストダイジェスト」は、過去の特定車種の長期テスト記事を掲載開始から終了まで購入可能。記事のダウンロードも行っている。以前はCG CLUB会員のみ、モノクロコピーを郵送で購入可能であった。

姉妹誌

「NAVI」以外は「別冊CG」の文字が入っていた。2010年4月までに、すべての雑誌が廃刊となったが一部は復刊している。

  • NAVI』 - 1984年に創刊された自動車雑誌。2010年3月発売号をもって廃刊となった。
  • MOTO NAVI』 - 上記『ナビ』の自動二輪車版。2010年に一時休刊。編集を行っていた株式会社ボイスパブリケーションの手により続刊され販売されている。
  • BICYCLE NAVI』 - 同、自転車版。2010年に一時休刊。やはり株式会社ボイスパブリケーションの手により続刊され販売されている。
  • UCG』 - 外国車を中心とする中古車情報専門誌であったが、2008年5月号をもって廃刊となった。
  • 『スーパー CG』 - 1989年創刊されたクラシックカーを中心とした自動車雑誌。日本の自動車関連の定期刊行物としては他に例を見ない高い内容のものであった。初代編集長は高島鎮雄、1992年より伊東和彦が編集長であった。1995年の休刊を経て復刊したものの、2007年、第50号をもって廃刊となった。
  • 『スティーレ(STILE)」 -「カーグラフィックから生まれたライフスタイル誌」と謳って2005年に創刊され、編集長はCG編集長であった加藤哲也が兼任していたが数号で廃刊となった。

関連人物

カーグラフィックTV

イベントの紹介や新車の比較、レースの特集等をする番組がある。

CG CLUB

1987年に発足した会員組織である。有料制の組織だが、NEWS LETTERと呼ばれる会報が配られたり、ウェブや紙面で紹介されている通信販売「Pride&Joy」での割引優遇や、グッズやカレンダーの無料配布がされた。運営は、CG CLUB事務局とCG事業企画室で行われていた。イベントの主催はあくまで二玄社ではなく、読者組織のCG CLUB事務局の名で行われる。以下の項目は下記リンク先のCG CLUBのホームページに詳しい。

イベント会場風景
  • Spring Meet とAutumn Meet

関東開催の「Spring Meet」(かつてはCG DAY)、近畿開催の「Autumn Meet」の2大イベントの規模はCG CLUB事務局主催のイベントでは最大で、既に10年以上続いている。2005年春、松任谷正隆総合プロデュースで開催されたSpring Meet 2005は、2日間CG、NAVIの編集部総出で「としまえん」へ出向き、編集部員個々が読者と話し合う「インプレッション・カフェ」や、編集記者運転の車両に同乗する「ドキドキナビ体験」が目玉となり、その他の企画もあわせて行われた。ゲストトークショーに久米宏パンツェッタ・ジローラモなどが参加した。

2006年のSpring Meet 2006は、サイクルスポーツセンター静岡県伊豆市)において、参加者持ち込み車両を自身、または編集記者の運転でコース走行などが催された。

イベント会場風景
  • TTD

TTD(Tea Talk&Driveの略)と呼ばれる小規模ミーティングも全国でしばしば開催される。

  • 独立

2010年 二玄社の経営不振からCG CLUBに対する一切の資金と人員・機材の支援はなくなることとなった。それをうけて2010年4月1日からは完全に独立している。株式会社二玄社及び株式会社カーグラフィックとクラブは友好関係にはあっても全く別の組織となっている。クラブは会員のみで構成され専従者はいない。また、運営に使われる資金は会員からの年会費3,600円のみである。しかし毎月のニューズレターは引き続き発行されている。イベントは規模の縮小はあるものの基本的に同じように開催されている。各地で行われる上記のTTDなどはもともと費用がかからないので活発に行われている。このクラブのイベントは会員でなくても自由に参加できるオープンなものであることが特徴である。事務局所在地は神奈川県横浜市である。2011年1月10日時点での会員数は2,742名で微増傾向にある。詳しくは下記リンク先を参照されたい。

過去の長期テスト車

CGの長期テスト車は一般の顧客同様、ディーラーから購入。例外でロータス・ヨーロッパ(4号車)やスカイラインRS(44号車)などはメーカー/インポーターから直接購入した。近年、長期テスト車の在籍期間は2年前後で、バブル期は1年に満たないものも多々ある。また最終回の後、長期テストページに掲載されることが稀にある。

出典

  1. ^ 自動車雑誌「NAVI」休刊 産経新聞、2010年1月6日
  2. ^ レスポンス「二玄社、自動車雑誌から撤退…『カーグラフィック』新体制に」2010年5月10日
  3. ^ この度の『CAR GRAPHIC』発行体制の変更について

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