長野吉業とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 長野吉業の意味・解説 

長野吉業

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/24 08:28 UTC 版)

長野 吉業(ながの よしなり、享禄4年(1531年)-天文15年(1546年))は戦国時代前期の武将。上野国箕輪城主長野業正の長男で、母は沼田顕泰の娘・室は長尾景誠の娘と推定される[1]。弟に氏業(業盛)がいる。


  1. ^ 白井長尾氏の旧臣が残した「永井権兵衛書状」によれば、長尾伊玄(景春)の娘が“永野信濃守様の御惣領永野五郎”に嫁ぐとあり、同氏の系譜を記した「長尾正統系譜」には長尾景英(景春の嫡男)の娘が“長野業正嫡男長野右京妻”であったと記されている。通説では、永野右京=長野左京は業正の跡を継いだ氏業(業盛)と考えられてきたが、景春・景英の生没年と氏業の生没年が大きくずれる(氏業は景英死去の16年後の誕生)ため、長野氏・白井長尾氏の婚姻は夫妻ともに比定が誤っているとみられている。黒田基樹は、長尾景誠の娘(景春には曾孫・景英には孫にあたる)が、当時健在だった長野吉業に嫁いだのが誤伝されたと推定するのが妥当としている。


「長野吉業」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「長野吉業」の関連用語

長野吉業のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



長野吉業のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの長野吉業 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS