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近鉄21000系電車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/04/30 18:03 UTC 版)
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21000系電車(21000けいでんしゃ)は、近畿日本鉄道の特急形電車である。
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- ^ 21000系のデザインにおいて、アドバイザーとしての役割を果たした手銭正道は、それ以前に100系のデザインアドバイザーとして国鉄の車両設計事務所内に置かれた車両デザイン専門委員会のメンバーの一人として招聘されていた。『鉄道ファン』2011年12月 No.608 交友社 p.30 - p.36 『鉄道ピクトリアル』 1988年12月臨時増刊号 No.505 電気車研究会 p.21
- ^ 『鉄道ジャーナル』2009年5月号 No.511 鉄道ジャーナル社 p.38
- ^ 『鉄道ファン』1989年3月 No.335 交友社 p.60
- ^ ブルーリボン賞の授賞式は1989年7月16日に上本町駅にて挙行され、名張駅まで21101Fによる祝賀列車が運行された。当該編成には前面にブルーリボンをあしらった記念ステッカーが貼付された。
- ^ 『鉄道ピクトリアル』 1988年12月臨時増刊号 No.505 P19
- ^ 市場調査の結果、要望の多かった座席の横幅拡大は、それを形にすれば1+2配列の座席となる。それを1編成(6両)すべてに適用すれば全車特別車並の座席となるが、これでは在来車との格差が大きいために2両の特別車という形で採用された。
- ^ 『鉄道ピクトリアル』1988年12月臨時増刊号 No.505 電気車研究会 p.20
- ^ 1987年12月18日に近鉄より発表があり、翌19日の各新聞紙の朝刊に21000系のイラストと紹介記事が載せられた。中日新聞は「近鉄が難波へデラックス特急 来春 無料週刊誌サービスも」のタイトルで紹介した。翌月21日発売の鉄道雑誌に速報として近畿車輛で撮影された写真が載せられた。
- ^ 『鉄道ピクトリアル』1988年12月臨時増刊号 No.505 電気車研究会 p.31
- ^ 『鉄道ジャーナル』2002年11月号No.433 鉄道ジャーナル社 p.33
- ^ 『鉄道ピクトリアル』1992年12月臨時増刊号 No.569 電気車研究会 p.55
- ^ 『鉄道ファン』1990年8月号 No.352 交友社 p.68
- ^ 同系列の実用化までには、試作台車の本線上での走行試験など、信頼性確立のため様々な技術開発に長い時間を要しており、そこで採用された諸技術は本系列開発の時点では到底採用できるものではなかった。なお、1991年5月16日から同年6月8日の間にかけて、当時新造されたばかりであった1430系1433Fのク1530形ク1533にKD-303試作ボルスタレス台車を装着、本系列のモ21702–モ21802と連結して本線上での走行試験を実施している。この台車は新構想に基づく片持ち式積層ゴム支持による簡潔な軸箱支持機構を備え、ここで初めて22000系用KD-304以後の近畿車輛製ボルスタレス台車の基本が確立されている。
- ^ 林基一「近畿日本鉄道 特急車両概説」 『鉄道ピクトリアル』2003年1月臨時増刊号(通巻727号) p.217, 電気車研究会
- ^ 『鉄道ファン』1988年9月号 No.329 交友社 p.39。
- ^ 営業運行を開始して間もない1988年3月29日に、車両トラブルによって中間ユニットを抜いた4両編成で運行されている。この他、お召し列車としても4両で運用されているが、こちらは2次車が充当されている。また、中間運転台装備車のみの運転としては、1991年1月29日に剛体架線集電試験において2両編成2本併結による (21702 - 21802 - 21701 - 21801)の組成で試運転を行なっている。
- ^ 1994年の23000系の登場を機にデラックスカー、レギュラーカーと名称が変更された。近鉄時刻表の93年版と94年版との比較で確認できる。
- ^ 『とれいん』1989年2月号 No.170 p.120 - p.121
- ^ 先頭形状については、そのスタイルの類型がそれまでの国内車両にはなかったためか、ドイツ連邦鉄道(現・ドイツ鉄道)のET403型電車に似ていると登場時にはささやかれた。
- ^ 『とれいん』1988年3月号 No.159 p.17。車両番号の書体の説明もこのページ内にある。
- ^ 大阪線の新青山トンネルと垣内トンネル付近の上り勾配と、山田線・鳥羽線・志摩線のごく一部の区間に限定されている。同線のそのほかの区間や名古屋線では制動装置などの条件において120km/hに制限されている。
- ^ 端子電圧340V時1時間定格出力125kW、定格回転数1,500rpm、最大許容回転数4,500rpm。出力こそ従来のMB-3020系と同一であるが全くの新設計である。
- ^ 端子電圧675V時1時間定格出力180kW。
- ^ 12200系で初採用されたKD-71系のマイナーチェンジモデルで、30000系で初採用され、小改良を加えつつ12410系や12600系に採用された。
- ^ 冷凍能力10,500kcal/h、暖房能力8,500kcal/h。
- ^ 『とれいん』2009年1月 No.409 p.65 新製車としてロスナイが取り付けられたのは12400系が最初であるが、特急車としては車体更新の際に設置された10400系が最初である。1980年代には11400系、12000系、12200系の屋根上に換気扇が取り付けられ、近鉄特急の車内から不快な臭いが消えていった。
- ^ 近畿日本鉄道発行の21000系のカタログ(非売品)「TECHNICAL NOTES」 p.20。
- ^ 住友3Mの製品で建築内装材。
- ^ 21000系カタログ「TECHNICAL NOTE」p.7
- ^ 営業運行開始から2年目くらいまでは、光電管の反応が遅れ気味に設定されていた。このため、人がドアの前に立ってから開くまでに約3秒を要した。『鉄道ファン』1988年6月号 交友社 p.29 にも同様の指摘が載せられている。
- ^ モケットは試作品が8種類用意され、この内の2種類が採用された。他の2種類は5200系に採用された。
- ^ 『鉄道ピクトリアル』 1988年12月臨時増刊号 No.505 電気車研究会 p.90
- ^ 金属製便器に塗装する手法は、塗装が剥がれ落ちて金属の地肌が露出する結果となり、見た目にも良くないために26000系で採用された他は、普及しなかった。
- ^ 「近鉄特急チャイムメロディー 21000系編」(近鉄リテールサービスが製造)にてアナウス欄に津田英治の名が記載されている。
- ^ 鉄道ジャーナル 2002年11月号 No.433 P30
- ^ 『Rail Magazine』2003年10月号 No.241 p.124 - p.125
- ^ ただし、2007年9月4日からモ21600形(デラックスカー)の喫煙コーナーは廃止され、車販準備室に転用された。
- ^ 1994年3月28日・29日の2日間、23000系1編成がお召し列車に充当されるための措置。
- ^ 『鉄道ジャーナル』2002年11月号 No.433 p.41
- ^ 車両部品の供給再開に伴う通常の編成両数での運転再開について (PDF) - 近畿日本鉄道プレスリリース 2011年4月12日
- ^ 近鉄時刻表1988年春号から2003年号までを基に調査。
- ^ イエローのユニフォームは冬服。夏服は半袖のピンクのユニフォームとなる。1990年からは上半身グレー、スカートは黒のユニフォームとなった。
- ^ 鉄道ジャーナル 2002年11月号 No.433 P36
- ^ 伊勢新聞2002年3月19日
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