理性の祭典
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/09 23:03 UTC 版)
理性の祭典(りせいのさいてん、フランス語: Fête de la Raison、 英語: Festival of Reason)とは、フランス革命期の1793年11月10日以降、フランス共和国のパリのノートルダム大聖堂を中心にフランス全土で開催された祭典。ジャコバン派独裁のなか、同派のなかでジャック・ルネ・エベールを中心とするグループ(エベール派)の主導でおこなわれ、きわめて無神論的性格の強いものであった[1]。
注釈
- ^ 「美女」は理性と自由を代表して選ばれた。それが偶像となってしまわぬよう、彫像よりもむしろ生きている人間の方が適切だったのである[5]。
- ^ この祭典には全国民的な計画がまったく欠如していたので、すべてをそっくり改変することができ、ときには祭典を略奪に駆り立て、ときにはふまじめな仮装行列で飾り立て、ときには偶像破壊部隊の役割を演じさせた[2]。
- ^ 「革命的諸宗教」は歴史家アルフォンス・オラールの用語である。オラールによれば、革命的な諸信仰はジャコバン派独裁期の相次ぐ政治的必要に応え、競合する政治集団によって執り行われた国防目的の方便にすぎなかったし、政治対立の目的でもあり手段でもあるところの人為的創設物でしかなかったので、「複数形」でしか語りえないものであった。それに対し、オラールの弟子のアルベール・マチエの考える「革命的宗教」では、その自然発生的な創設が想定され、いわば、18世紀の啓蒙主義哲学のうえに咲いた遅咲きの花であるとする。宗教に関しても、マチエはエミール・デュルケームの思想から発想を得て「個人を社会に統合する規範の総体としての宗教」という考え方を提示した[2]。
出典
- 1 理性の祭典とは
- 2 理性の祭典の概要
- 3 脚注
- 4 外部リンク
- 理性の祭典のページへのリンク