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東山紀之

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/31 15:45 UTC 版)

ひがしやま のりゆき
東山 紀之
本名 東山 紀之
生年月日 1966年9月30日(45歳)
出生地 日本の旗 神奈川県川崎市
血液型 A型
職業 俳優歌手ダンサー
ナレーター
ジャンル テレビドラマ舞台映画
ドキュメンタリーバラエティ
活動期間 1979年5月 - 現在
活動内容 1979年:ジャニーズ事務所入所
1982年少年隊に加入
1984年:少年隊でビデオデビュー
1985年:少年隊でレコードデビュー
1987年:『荒野のテレビマン』で連続ドラマ初主演
1988年舞台沖田総司』で初座長を務める
1993年NHK大河ドラマ琉球の風』主演
配偶者 木村佳乃
主な作品

ドラマ
源義経
源氏物語
NHK大河ドラマ琉球の風
ザ・シェフ
Dearウーマン
平成夫婦茶碗』シリーズ
新・棟居刑事』シリーズ
喰いタン』シリーズ
必殺仕事人』シリーズ
GM〜踊れドクター
映画
本気!
MAKOTO
山桜
小川の辺
舞台
『少年隊PLAYZONE』シリーズ
沖田総司
『なよたけ』
『バルセロナ物語』
雨に唄えば
『クリスマス・ボックス』
ロミオとジュリエット
WEST SIDE STORY
さらば、わが愛 覇王別姫
『CURTAINS』

ナレーション
zone
バース・デイ
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達
受賞
・第5回・1988年度ベストジーニスト賞 一般選出部門(1988年)
・弟22回ベストドレッサー賞 スポーツ・芸能部門(1993年)
・第56回文化庁芸術祭賞 演劇部門優秀賞(2001年) 『クリスマス・ボックス』
・第18回・2008年度日本映画批評家大賞 主演男優賞(2009年) 『山桜
備考
少年隊のメンバー

東山 紀之(ひがしやま のりゆき、1966年9月30日 - )は、ジャニーズ事務所所属の三人組グループ・少年隊のメンバー。同事務所の取締役でもある。1979年5月にジャニーズ入所。

血液型A型。愛称はヒガシ。少年隊におけるイメージカラーは黒。

妻は女優木村佳乃

目次

来歴

生い立ち

神奈川県川崎市幸区出身。2人兄妹の長男として生まれる。

両親は東山が3歳の時に離婚し、母親の元で育てられた[1]。その後、母親は再婚するが、のちに離婚している[2]

父方の祖父がロシア人の血を引いていることを明かしている[3]

少年時代

川崎市立大島保育園⇒川崎市立桜本小学校→川崎市立古川小学校⇒川崎市立塚越中学校 [4]明治大学付属中野高校中退。

小学校時代、3年生の時から3年間、剣道教室に通う。6年生の時に横浜市剣道大会の地区大会で優勝を果たす[5]

中学校・高校時代、部活はバスケットボール部に所属。中学時代は1年生の時からレギュラー入り、2年生の時には神奈川県大会で準優勝、3年生の時にはキャプテンを務める[6]

芸能界へ

1979年、あと1ヶ月で小学校を卒業という春先、当時、NHK放送センターの理容室に勤務していた母親から人気音楽番組「レッツゴーヤング」の公開収録のチケットを貰い受け、友人3人とNHKホールへ観覧に行った。その帰り道、渋谷のスクランブル交差点で信号待ちをしていた東山の姿に、たまたま車で通りがかったジャニーズ事務所の社長であるジャニー喜多川の目が留まった。すぐさま社長自ら車から降りて声をかけたという[7]

1979年にジャニーズ事務所に入り、レッスン生として歌やダンスの稽古を受けながら、先輩タレントのバックダンサーも務めた。

1982年昭和57年)少年隊のメンバーとなり、 1985年12月12日に少年隊として「仮面舞踏会」でレコードデビュー。

デビュー以降はグループ活動の傍らソロとしても活躍。現在はソロ活動に比重を置き、俳優業を中心に、テレビ・舞台・映画にと多方面で活躍中。

2010年10月23日に、およそ2年半の交際を経て、女優木村佳乃と結婚。2011年11月4日に長女が誕生[8]

人物

ジャニー喜多川から直接スカウトされた数少ないタレントの一人。

体脂肪率は10%以下をキープ。一日に腹筋1000回、一ヶ月に100キロ走るというのが自分に課したルールだと語っている。腹筋は20年以上欠かさず続けている。

自身のダンスナンバーではバック転、側転バック宙、高台からのバック宙、壁宙などを披露しており、2009年にオンエアされたアサヒ飲料三ツ矢サイダー「オールゼロ」のCMでは台宙(高台からのバック宙)を披露、また、2010年7月期にTBS系で放送された連続ドラマ「GM〜踊れドクター」の中でもダンスとともにバック転や側転バック宙を披露している。2003年に行われた舞台では、公演が始まってすぐ上演中に足の甲を骨折したが、一日も休むことなく千秋楽までダンスを踊り、役をこなした。

ジャニーズ事務所のタレントとして、初めて本格的な時代劇に進出した。これまで初挑戦の時代劇で演じた沖田総司に始まり、源義経浅野内匠頭松平容保などの歴史上の人物や、光源氏を演じている。

NHK大河ドラマの主演(「琉球の風」 1993年1月10日 - 6月13日)を初めて務めたジャニーズタレントでもある。

現代劇においては、シリアスな二枚目役からコミカルな役まで幅広い役柄をこなす。

1987年から流行した、しょうゆ顔として名前が挙がる。1988年にはしょうゆ顔の代表で流行語大賞の流行語部門・大衆賞を受賞している。

ジャニーズ事務所の後輩タレントとの関わりにおいては、SMAP中居正広TOKIO城島茂が、デビュー前に東山宅に居候。 2人が東山宅を出ると、今度はTOKIOの山口達也国分太一、更に途中から松岡昌宏も新たに加わり、3人同時に居候していた事がある。また、V6坂本昌行は東山の付き人をしていた時期があった(以上、全てTBS『うたばん』談)。 この他、KinKi Kids堂本光一など、多くの後輩たちと親交があり、面倒見の良い先輩として慕われている。

母親が仕事をしていたこともあり、幼い頃から家事を手伝っていた。小学生の頃から料理も手伝うようになり、忙しい母に代わって夕食の準備をすることもあったという。そのおかげで料理の腕はなかなかのものであるという。『Duet』誌上で自作の料理を披露する連載ページも持っていた[9]。現在でも後輩に手料理を振る舞うことがあるという。

清原和博曰く、かなりの酒豪である。[10]

ジャニーズ事務所の後輩で怒ったことのあるグループはTOKIOとしかない。[11]


趣味・嗜好

1999年9月、スキューバダイビングを始める。アドバンスライセンスも取得。[12]

司会を務めていた日本テレビの情報生番組「@サプリッ!」内で、1か月半後の2005年4月に開催される「JALホノルルトライアスロン2005」に出場することを発表。トライアスロン初挑戦で、目標の4時間を上回る3時間3分11秒で完走した。

2009年6月、ボクシングを始める。始めたきっかけについては、ジェームス・ブラウンジャッキー・ウィルソンらがボクサーであったことから興味を持ち始めたことに加え、芝居をする上で相手との距離感をどう保つのか、どのように呼吸を合わせるかが重要だと思うようになったと語っている。[13]

憧れの人物に王貞治ブルース・リーマイケル・ジャクソンを挙げている。王貞治の精神、ブルース・リーの肉体、マイケル・ジャクソンの軽やかさが自身の目標だと語っている。[14]

憧れの一人である王貞治においては「週刊朝日」(2009年2月6日号)の自身の連載コラム「これまでと、これからと」(Scene05)の中で“僕が世界で一番憧れた人”と題してその想いを綴っている。[15]東山にとって王は幼い時からの憧れの存在。2009年7月20日にTBS系で放送された自身が司会・ナレーションを務めるバース・デイの放送200回突破記念のスペシャルにおいて対談(王貞治vs東山紀之)が実現。本人曰くかつてないほどの緊張感を味わった。

ブルース・リーも幼少の頃から憧れており、東山が身体を鍛えることに目覚めた理由の一つにリーの存在が挙げられる。[16]2006年9月30日に日本テレビ系で放送されたドラマ「喰いタンスペシャル~香港ぜんぶ食べちゃうぞ編~」で香港ロケを行った際には、訪れた先の 星光大道にあるブルース・リー像を前に、ロケの合間を縫って像と同じ上半身裸というスタイルでそのポーズを真似、撮影した。また同ドラマでの東山演じる主人公・高野聖也の格闘シーンにおいては、黄色いつなぎの衣装からパフォーマンスに至るまでリーの主演映画「死亡遊戯」のパロディーが盛り込まれている。

マイケル・ジャクソンは、東山が13歳の時にジャニーズ事務所の合宿所で初めてビデオを見て以来、そのダンスパフォーマンスに衝撃を受け、以降ずっと敬愛し続けている。マイケルの出現は東山の人生において非常に大きいもので、自身の芸能活動の礎になっていると語っている。マイケルの生前6、7回ほど直接本人と対面を果たしている。「週刊朝日」(2009年4月24日号)の自身の連載コラム「これまでと、これからと」(Scene16)の中では“マイケル・ジャクソンの衝撃”と題してマイケルの凄さを熱く語り、マイケル死後の同誌コラム(2009年7月17日号・Scene28)においては2ページに渡って追悼コラムが掲載され、生前対面したときのエピソード等を綴っている。[17]

2011年5月25日に大阪・梅田ブルク7で行われた自身の主演映画「小川の辺」チャリティ上映会の舞台挨拶の席で阪神タイガースのファンであることを初告白。当日、同イベントの取材に訪れていたスポーツ新聞社が翌日の紙面で報じた。[要出典]

交友関係

森光子・・・1986年「NHK紅白歌合戦」に少年隊が初出場した際に、審査員をつとめていた森が東山に「東山さん、あなたのファンです。いつも見ていますよ。」と声をかけたことがきっかけで親交が始まった。舞台やドラマ共演も多数。[18]

松方弘樹・・・東山が時代劇に初挑戦したドラマ「新選組」(1987年)において共演し、松方から時代劇の手ほどきを受けた。以来、東山にとっては師と仰ぐ存在。また、松方を介して、若山富三郎萬屋錦之介とも親交があった。[19]

山下達郎竹内まりや夫妻・・・それぞれのコンサートや舞台に足を運ぶなど、長年に渡って親交がある。山下からの少年隊への「FUNKY FLUSHIN’」(1990年)や「湾岸スキーヤー」(1998年)の楽曲提供や、山下が2002年にシングル・カットして発売した「LOVELAND, ISLAND(ラブランド、アイランド)」のプロモーションビデオに東山は老紳士に扮して出演し、曲に合わせて東山自らが振りつけしたダンスを披露するなど、公私に渡っての親交。

さだまさし・・・共通のスタッフを通じて知り合い[20]、以後食事をしたり、お互いのコンサートや舞台に足を運ぶなど親交がある。東山がゲスト出演した2010年1月24日放送の「おしゃれイズム」(日本テレビ系)、2010年7月16日放送の「A-Studio」(TBS系)において、番組の取材に応じ、東山の人となりについて語っている。また、さだが司会を務める生番組「今夜も生でさだまさし」(NHK)では、さだの口からしばしば東山の名前が挙がり、2011年6月4日深夜の放送では、東山に直接電話を繫いで、さだと生トークを交わした。

緒形幹太・・・東山が芸能界に入る前からの友人。13歳当時、お互いの実家が近所で、共通の友人を通して知り合う。また、緒形を通して、緒形の父親で俳優の緒形拳、弟で俳優の緒形直人とも交流があった。[21]

薬丸裕英・・・東山がジャニーズ事務所に入所した中学生時分からの友人。[22]

黒木瞳・・・1995年放送・スペシャルドラマ「松本清張特別企画 夜光の階段」(TBS)、1998年1月期放送・連続ドラマ「愛しすぎなくてよかった」(テレビ朝日)、2001年上演・舞台「クリスマス・ボックス」で共演し、家族ぐるみで親交がある。「笑っていいとも!」~テレフォンショッキングの“お友達紹介”において、2005年2月には黒木が東山を紹介し、2011年6月には東山が黒木を紹介した。

真田広之[23]川合俊一[24]川平慈英[25]哀川翔[26]らとも親交が深い。




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  1. ^ 「週刊朝日」(2009年1月2日・9日号)での東山の連載コラム「これまでと、これからと」(Scene01)、及び、それらをまとめた2010年6月4日発行・自伝的エッセイ「カワサキ・キッド」に記載
  2. ^ 「週刊朝日」(2009年3月6日号)での東山の連載コラム「これまでと、これからと」(Scene09)、及び、それらをまとめた2010年6月4日発行・自伝的エッセイ「カワサキ・キッド」に記載
  3. ^ 「週刊朝日」(2009年1月2日・9日号)での東山の連載コラム「これまでと、これからと」(Scene01)、及び、それらをまとめた2010年6月4日発行・自伝的エッセイ「カワサキ・キッド」に記載
  4. ^ 1985年4月15日発行「明星特別編集 少年隊写真集」掲載
  5. ^ 1985年4月15日発行「明星特別編集 少年隊写真集」掲載
  6. ^ 1985年4月15日発行「明星特別編集 少年隊写真集」掲載
  7. ^ 「週刊朝日」(2009年3月27日号)での東山の連載コラム「これまでと、これからと」(Scene12)、及び、それらをまとめた2010年6月4日発行・自伝的エッセイ「カワサキ・キッド」に記載
  8. ^ 2011年11月5日、オリコンスタイル
  9. ^ 1986年、Duet創刊号より
  10. ^ 番組「男の一升瓶」関西テレビから
  11. ^ 5LDK(2011年6月30日放送分)フジテレビより
  12. ^ 2000年1月13日付「読売新聞~ZipZap」に掲載された東山のインタビュー記事の中で自ら語った
  13. ^ 「週刊朝日」(2009年11月6日号)での 東山の連載コラム「これまでと、これからと」(Scene44“ボクシングで学ぶこと”)掲載
  14. ^ 「週刊朝日」(2009年2月6日号)の自身の連載コラム「これまでと、これからと」(Scene05)、及び、それらをまとめた2010年6月4日発売・自伝的エッセイ「カワサキ・キッド」に記載
  15. ^ 「週刊朝日」の連載コラムをまとめた2010年6月4日発売・自伝的エッセイ「カワサキ・キッド」にも掲載
  16. ^ 「週刊朝日」(2009年2月6日号、2月20日号)の東山の連載コラム「これまでと、これからと」(Scene05、Scene07)、及び、それらをまとめた2010年6月4日発売・自伝的エッセイ「カワサキ・キッド」に記載
  17. ^ 「週刊朝日」の連載コラムをまとめた2010年6月4日発売・自伝的エッセイ「カワサキ・キッド」にも掲載されている
  18. ^ 「週刊朝日」(2009年11月27日号)の東山の連載コラム「これまでと、これからと」(Scene47)、及び、それらをまとめた2010年6月4日発売・自伝的エッセイ「カワサキ・キッド」にも交友エピソードが記載
  19. ^ 「週刊朝日」(2009年8月28日号)の東山の連載コラム「これまでと、これからと」(Scene34)、及び、それらをまとめた2010年6月4日発売・自伝的エッセイ「カワサキ・キッド」に記載
  20. ^ 2010年7月16日放送「A-Studio」(TBS系)での東山談
  21. ^ 2010年6月4日発行・自伝的エッセイ「カワサキ・キッド」に交友エピソード記載。東山がゲスト出演した2010年7月16日放送の「A-Studio」(TBS系)においても東山自身の口から語られたのと、緒形が友人の一人として番組の取材に応じ、二人の交友エピソードや緒形拳とのエピソードが語られた。
  22. ^ 2010年6月4日発行・自伝的エッセイ「カワサキ・キッド」に交友エピソード記載。東山が、薬丸が司会を務める「はなまるマーケット」のトークコーナー「はなまるカフェ」(2005年1月4日放送、2010年7月16日放送回)にゲスト出演した際にも二人の交友エピソードが語られた。
  23. ^ 「週刊朝日」(2009年11月13日号)の東山の連載コラム「これまでと、これからと」(Scene45)、及び、それらをまとめた2010年6月4日発売・自伝的エッセイ「カワサキ・キッド」に交友エピソードが記載。
  24. ^ 「週刊朝日」(2009年12月18日号)の東山の連載コラム「これまでと、これからと」(Scene50)、及び、それらをまとめた2010年6月4日発売・自伝的エッセイ「カワサキ・キッド」に交友エピソードが記載
  25. ^ 「週刊朝日」(2009年12月18日号)の東山の連載コラム「これまでと、これからと」(Scene50)、及び、それらをまとめた2010年6月4日発売・自伝的エッセイ「カワサキ・キッド」に交友エピソードが記載
  26. ^ 「週刊朝日」(2009年6月19日号)の東山の連載コラム「これまでと、これからと」(Scene24)、及び、それらをまとめた2010年6月4日発売・自伝的エッセイ「カワサキ・キッド」に交友エピソードが記載


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