時局匡救事業
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時局匡救事業(じきょくきょうきゅうじぎょう)は、1932年(昭和7年)から1934年(昭和9年)にかけて、日本で実施された景気対策を目的とする公共事業である。国家財政から総額5億5,629万円、地方財政から総額3億858万円、合計8億6,487万円が投入され、各地で土木工事などが行われた。
- ^ 山口十一郎「山口川洪水調節池概要」『土木建築工事画報 第11巻 第10号』工事画報社、1935年10月10日。画像は国立国会図書館蔵『河水統制の提唱』より。
- ^ a b 『昭和経済史』 pp.18-27
- ^ wikt:匡(キョウ/ただすetc)は、「(元の形のとおりに)なおす」「正しくする」の意。 匡救とは「悪を正し、危難などから救うこと」(コトバンク)。孝経には「子曰、君子之事上也、進思盡忠、退思補過。將順其美、 匡救其惡。故上下能相親也」とある(事君章第十七 Web漢文大系)。ただし匡救の中身はその主張により様々である。「…この獨伊に於ける新しい民族主義・全體主義の原理は、個人主義・自由主義等の幣を打開し匡救せんとしたものである。」「臣民の道」第一章 世界新秩序の建設
- ^ a b 『戦間期日本の経済政策史的研究』 pp.259-278
- ^ 『昭和ニュース事典第三巻』 pp.90-96
- ^ 『昭和ニュース事典第三巻』 pp.328-337
- ^ 『戦間期日本の経済政策史的研究』 pp.278-314
- ^ 木の実、草の根も食べ尽くして『東京朝日新聞』昭和9年10月14日(『昭和ニュース事典第4巻 昭和8年-昭和9年』本編p463 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
- 1 時局匡救事業とは
- 2 時局匡救事業の概要
- 3 脚注
固有名詞の分類
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