因幡志とは? わかりやすく解説

因幡志

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/16 07:52 UTC 版)

因幡志』(『稲羽志』、『因幡誌[注 1]』、いなばし[1])は因幡国(鳥取県東部)に関する江戸時代中期に編纂された地誌史料である[2]。成立時期は一応寛政7年(1795年)とされているが[1][3]、その時点では実際には世に出されず、その後も加筆が行われた[3]。『因幡民談記』とならび、近世の因幡国に関する代表的な地誌とされている[3][2]


注釈

  1. ^ 本書とは別に、享保年間(1716年 - 1736年)に成立したとみられる『因幡誌』『伯耆誌』もある[1]
  2. ^ 吉岡家は米子城に勤める医家で、吉岡玄昌は名医として知られていた。宝暦10年(1760年)に鳥取城に召し出され、のちに藩主池田重寛の病の治癒の功で禄高300石を与えられるまでになった。医術のほか諸学に通じ、文学や俳諧も嗜んだ。華佗の著作と言われる『中蔵経』(実際には華陀作ではない偽書とも)の注釈書『新校正中蔵経』を著した。晩年の雅号を吉岡恕翁という[6]

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 『鳥取県の地名(日本歴史地名大系)』p856「因幡志」
  2. ^ a b c d e f 『日本地名大辞典 31 鳥取県(角川日本地名大辞典)』p1267「因幡志」
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『鳥取県大百科事典』p61「因幡志」
  4. ^ a b デジタル版 日本人名大辞典+Plus,講談社,2015,「安陪惟親」,コトバンク版,2018年7月12日閲覧。
  5. ^ a b c d e f 『鳥取県大百科事典』p24「阿陪恭庵」
  6. ^ 『鳥取県大百科事典』p989「吉岡恕翁」


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