吉田信三とは? わかりやすく解説

吉田信三

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/29 05:25 UTC 版)

吉田 信三(よしだ しんぞう、1903年12月4日 - 1972年12月1日)は、日本の映画監督脚本家である。第二次世界大戦前の京都のインディペンデント映画会社「マキノ・プロダクション」の脚本および助監督からキャリアを始め、同社の解散まで同社に残り、嵐寛寿郎プロダクション(寛プロ)、新興キネマで監督をつとめるも、戦後は昔の仲間の作品の助監督をつとめた。寛プロで一時吉田 保次(よしだ やすつぐ)、戦後には豊田 栄(とよだ さかえ)と名乗った。


  1. ^ a b c d e f 『日本映画監督全集』(キネマ旬報社、1976年)の「吉田信三」の項(p.444-445)を参照。同項執筆は岸松雄マキノ正博並木鏡太郎加藤泰らの証言が盛り込まれている。


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