ボニファティウス8世 (ローマ教皇)
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ボニファティウス8世(Bonifatius VIII, 1235年頃 - 1303年10月11日)は、中世のローマ教皇(在位:1294年 - 1303年)。フランス王フィリップ4世およびコロンナ家と争い、最晩年に起こったアナーニ事件の直後に「憤死」した。学術・文化の保護者としても知られる。
注釈
- ^ ただし、コロンナ家が当初から本気で教会法違反の疑問を追及していたわけではなかった。コロンナ家出身の2人の枢機卿もコンクラーヴェではボニファティウス8世支持の票を投じている。マックスウェル・スチュアート(1999)p.160
- ^ ケレスティヌス5世は感染症に罹患し、幽閉後10か月の間膿瘍の痛みに苦しんだ末、フモーネの牢獄で死去した。マックスウェル・スチュアート(1999)p.160
- ^ これに対するフランシスコ会側の反発は大きく、1304年にボニファティウスの教勅はいったん撤回された。教皇クレメンス5世の時代にようやく教会法に規定されるようになった。
出典
- 1 ボニファティウス8世 (ローマ教皇)とは
- 2 ボニファティウス8世 (ローマ教皇)の概要
- 3 文学作品
- 4 外部リンク
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