ニューヨーク〜ロンドン(33歳〜)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/23 07:45 UTC 版)
「シモーヌ・ヴェイユ (哲学者)」の記事における「ニューヨーク〜ロンドン(33歳〜)」の解説
1942年5月、シモーヌはアメリカ経由でイギリスへ渡りそこからフランスに戻る計画を胸に、両親とともにアメリカに渡る(渡米後、すぐシモーヌは戦禍のフランスから離れた事を後悔し始めた)。4か月後、両親と離れ再び海を越えてロンドンに渡る。 知人のつてでシモーヌは、ロンドンに亡命していたシャルル・ド・ゴールの「自由フランス」本部に行き、文書起草委員として小さな事務室を与えられた。シモーヌがずっと胸に秘めていた「前線看護婦部隊」の創設と彼女自身のそれへの参加という提案書はド・ゴールから「狂気の沙汰」の一言で退けられた。彼女は深く失望しながらも与えられた仕事をこなし、倒れるまでの4か月間ほとんど寝食を忘れるほどの激務ぶりで大量に書き続けた。
※この「ニューヨーク〜ロンドン(33歳〜)」の解説は、「シモーヌ・ヴェイユ (哲学者)」の解説の一部です。
「ニューヨーク〜ロンドン(33歳〜)」を含む「シモーヌ・ヴェイユ (哲学者)」の記事については、「シモーヌ・ヴェイユ (哲学者)」の概要を参照ください。
- ニューヨーク〜ロンドンのページへのリンク