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サハ共和国
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/09/10 02:28 UTC 版)
- サハ共和国
- ロシア語: Республика Саха
サハ語:Саха Республиката -


サハ共和国国旗 サハ共和国国章 
-
公用語 ロシア語、サハ語 首府 ヤクーツク 大統領 エゴール・ボリソフ (en) 首相 Galina Danchikova 構成体種別 共和国 連邦管区 極東 経済地区 極東 面積
- 総計国内第1位
3,103,200km²人口(2002年国勢調査)
- 総計
- 人口密度
- 都市/地方比率国内第58位
949,280人
0.3人/km²
64.3% : 35.7%時間帯 UTC +10,+11,+12(DST: 不明)YAKT, VLAT, MAGT ISO 3166-2:RU 番号 ウェブサイト /http://www.sakha.gov.ru/
サハ共和国(サハきょうわこく、ロシア語:Республика Саха (Якутия)、サハ語:Саха Республиката、英語:Sakha (Yakutia) Republic)は、ロシア連邦を構成する共和国で、連邦構成主体の一つ。首都はヤクーツク。別名ヤクーチア(ロシア語形より)。旧称ヤクート・ソビエト社会主義自治共和国(1922年から1990年)、ヤクート・サハ共和国(1990年から1992年)。面積は3,103,200平方kmで、ロシアのヨーロッパ・ロシアを除いた地域の半分を占め、地方行政単位としては世界最大である。連邦管区では極東連邦管区の範囲になる。
目次 |
概要
- 首都 - ヤクーツク市
- 大統領 - ヴャチェスラフ・シュティロフ
- 人口 - 94万9,280人(2002年全ロシア国勢調査)
- 公用語 - ロシア語とサハ語
- 主な民族 - サハ人(テュルク系)、エヴェンキ人(ツングース系)、ロシア人(東スラブ系民族)
標準時
地理
サハ共和国は南北に2500km、東西に2000kmの国土を持つ。その最北端は北極海に浮かぶノヴォシビルスク諸島のヘンリエッタ島で、ノヴォシビルスク諸島をはさんで西はラプテフ海、東は東シベリア海が大陸に面する。これらの海は北半球で最も冷たく凍った海で、大河から淡水が流入するため流氷形成が活発であり、年間9カ月から10ヶ月は凍結する。サハ共和国の北極海沿いには、タイミル半島東側のアナバル川河口より東にはフィヨルドは見られず、レナ川などの大きな川は河口で三角州を形成している。これは最終氷期の東シベリアが非常に乾燥していたため氷河が形成されず、氷河地形も作られなかったためである。
サハの土壌は全て永久凍土で、面積の40%は北極圏に含まれる。北部の北極海沿岸はツンドラで緑のコケ類が覆いトナカイが暮らす。ツンドラ帯の南部では小さくねじれたシベリアマツやカラマツが川に沿って育つ。ツンドラより南には針葉樹林帯(タイガ)が広がる。北はカラマツが主で、南に向かうにつれモミやマツが現れる。タイガはサハ共和国の47%を覆い、その90%はカラマツ類である。
気候
ユーラシア大陸の北東部にあり、大陸性気候である。山がちな国土なため、冬の寒さは極限に達する。その一方、夏は緯度に比べると高温である。特に、内陸盆地では、しばしば猛暑となる。
冬は猛烈に厳しく、南極を除くと世界最低気温となる氷点下71.2度を1926年1月に記録したオイミャコンや、やはり冬の酷寒で知られるベルホヤンスクもあり、北半球の寒極と考えられている。雪は少ない。
1月の平均気温は北極海沿岸でマイナス28度、その他の内陸部ではマイナス50度に達する。7月の平均気温は北極海沿岸ではわずか2度、一方内陸部では19度にまで上がる。年平均降水量は内陸部で200mm、東部の山岳部で700mm。
山地
サハ共和国の大きな山脈には、レナ川に並行して走るベルホヤンスク山脈があり、オホーツク海からラプテフ海まで弧状に大きく延びている。ベルホヤンスク山脈の東に並行してチェルスキー山脈が同じく弧状に延びるが、その山脈にあるポベダ山(Pobeda)が標高3,003mで最高峰とされている(近年の人工衛星による調査ではムスハヤ山(Mus-Khaya)が標高3,011mに達し本当の最高峰だとされている。)
南部にはスタノヴォイ山脈やアルダン高地など、南シベリアからモンゴルにかけて広がる山地の一部が延びている。アルダン高地は炭鉱地帯がある。
最も東にはチュクチ自治管区にまたがるコリマ丘陵があり、金が豊富である。
水系
サハ共和国の水は全て北極海に流れる。国土の中央には非常に幅の広いレナ川が流れ首都のヤクーツクを通り、国土を南から北に縦貫して北極海へ注ぐ。10月から6月にかけて凍結するものの、重要な交通路になっている。
レナ川には無数の巨大な支流があるほか、インディギルカ川、ヤナ川、コリマ川といった独立した水系も北極海に流れている。
- レナ川(4,310km)
- オレニョーク川(2,292km)
- コリマ川(2,129km)
- インディギルカ川(1,726km)
- ヤナ川(872km)
- アラゼヤ川(1,590km)
- アナバル川(939km)
- ムナ川(Muna, 715km)
- セデンニャハ川(Sedennyakh)
また北極海沿岸のツンドラ地帯や大河沿いの氾濫原には無数の湖沼があり、大きな湖だけで700を超える。ヴィリュイ川の中流にある大貯水湖をはじめとしたダム湖も数多く建設されている。
歴史
サハ人は比較的最近の13世紀に中央アジアからこの地に進出した。彼らはテュルク系民族でモンゴル系とも混血しており、もともとこの地にいた狩猟採取民族を征服し同化した。テュルク系語とモンゴル系語および先住民の言語の痕跡はサハ語に残っている。ヤクートは「サハ」と自称するが、その語源は明らかではない。
先住のエヴェンキ人はサハのことを「ヤコ」(Yako)と呼び、これが17世紀始めに毛皮を求めこの地に来たロシア人に伝わり「ヤクート」となった。サハ人の一派であるティギン(Tygyn)の王は、ロシア人に対し軍事同盟の代わりにこの地への植民を認めた。この同盟を逆手に取られ、ティギンの人々はチュクチやカムチャツカなど極東の諸民族に対するロシアの征服に追従することとなる。1632年9月25日、コサックのピョートル・ベケトフは現在のヤクーツクの場所にレンスキー・オストログ(レンスキー砦)を築き、1638年8月、モスクワの政府はレンスキー砦を中心地とした新行政区を作った。
ロシア人(民族)はレナ川水系をオホーツク海など極東への交通路として使い、サハやその他の民族に対し毛皮を税として取り立て、これを元に貨幣経済を確立した。またロシア人(民族)はレナ川低地で農業をはじめた。特に、19世紀後半にレナ川地方へ追放された宗派の人々が大麦や小麦、芋などを栽培して生活した。19世紀末からソビエト連邦初期には軽工業および蒸気船などの交通が発達し始め、さらに金などの地下資源が見つかって鉱業も始まった。
1922年4月27日、ソビエトはそれまでの「ヤコルスカヤ地方」に替えて「ヤクート・ソビエト社会主義自治共和国」を作ったが、ロシア内戦期間中は首都ヤクーツクをはじめヤクート東部は白軍が実質的に支配し、1921年から1923年はヤクート反乱が起きた。
1992年、ソビエト崩壊後のヤクートは、ロシア連邦内の「サハ(ヤクーチア)共和国」として承認された。
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