グレイホークの復興(1988年~1990年)
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1988年までに、「ドラゴンランス」冒険の第1シリーズが終了に近づき、「フォーゴトン・レルム」が順調に展開している状況で、TSRはグレイホークを見直すことにした。ドラゴン誌の1988年1月号で、ジム・ウォード(英語版)(グレイホーク・ダンジョンの初期プレイヤーの1人、魔法使いドローミジの作成者、当時ガイギャックス後の世代のTSRで働いていた)は、グレイホークのハードカバー資料集に何を掲載すべきか、プレイヤーによるアドバイスの提供を求めた。その反響として、彼は500通以上の手紙を受け取った。ドラゴン誌1988年8月号で、彼は読者からの提案を概説し、グレイホークファンからの要望に対する返答としてその後まもなくグレイホーク・アドベンチャーズ(英語版)が発売された。この本のタイトルはローズ・エステスの「グレイホーク・アドベンチャーズ」小説シリーズから借用され、表紙ロゴデザインも同じものが使用された。これはアドバンスト・ダンジョンズ&ドラゴンズ第1版のルールのために出版された、13番目にして最後のハードカバー本となった。 内容は、ダンジョンマスターにアイデアとグレイホーク世界特有のプレイ機会を与える用意がされており、新たなモンスター、魔法の呪文とアイテム、様々な地形、重要な住人や神格の化身の特徴の紹介などが含まれる。ガイギャックスがTSRを去ってから、オリジナルのグレイホーク資料は出版されておらず、手紙の送り主達の多くは新たな冒険についてのアイデアを求めていた。ウォードは、グレイホーク・キャンペーンに挿入することのできる、6つのプロット概要を掲載することにより、これに応えた。
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