オール与党
オール‐よとう〔‐ヨタウ〕【オール与党】
オール与党
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/07 00:36 UTC 版)
オール与党(オールよとう)とは、日本の地方自治において、ほとんどの国政政党が与党化する現象のこと。
注釈
- ^ 例えば長洲に対しては、1975年の初当選時には社会党と共に「明るい革新県政をつくる会」を組織してその中核となったが、1987年の四選時と1991年の五選時には県政与党から離脱し、独自候補を擁立した。出典:「平和ですみよい神奈川民主県政をつくる会」、「会について」
- ^ 1979年・1983年の神奈川県知事選挙では長洲一二の「オール与党」体制に対し、「泡沫候補」日本労働党の山本正治が挑戦した。同党は国政にも県内の自治体にも議員を送れず、山本自身も神奈川2区(当時)で得票率1%未満の落選を繰り返していた。しかし、この知事選では1979年に19万票、1983年には36万票を獲得した。その後は共産党が長洲とその後継の岡崎洋に対立候補を擁立したが、山本は1999年まで知事選に立候補を続け、1995年には自己最多の45万票(共産党推薦候補の半分以上)の得票を記録した。
出典
- ^ 市川虎彦『保守優位県の都市政治』(晃洋書房、2011年)1 - 2ページ
- ^ 河村, pp. 47–49.
- ^ 河村, pp. 49–52.
- ^ 川口徹「1975年の非核神戸方式を巡る中央地方関係」『社学研論集』第16巻、早稲田大学大学院社会科学研究科、2010年9月、43-53頁、CRID 1050001202488996224、hdl:2065/33599、ISSN 1348-0790、2023年12月27日閲覧。
- ^ 河村, pp. 53–55, 62–63.
- ^ 河村, pp. 59–62.
- ^ 河村, pp. 61–65.
- ^ a b 河村, pp. 191–193.
- ^ 河村, pp. 193–198.
- ^ 河村, pp. 198–201.
- ^ 河村, pp. 201–202.
- ^ “〈統一地方選〉相乗り候補が多い理由は?” 2016年6月20日閲覧。
- ^ “【2015統一地方選】 強まる相乗り傾向 自・民とも候補者難” 2016年6月20日閲覧。
- ^ 都議会は自公民「オール与党」/民主党 99.3%賛成 どこからみても与党/野党ポーズでも実態は隠せない しんぶん赤旗 2009年7月8日
- ^ 河村, pp. 39–45, 61–65.
- ^ 河村, pp. 97–98.
- ^ 河村, p. 83.
- ^ 河村, p. 188.
- ^ 河村, pp. 175–180.
- ^ 自民党の一強状態は決して最良の状態ではない
- 1 オール与党とは
- 2 オール与党の概要
- 3 国会でのオール与党
- 4 脚注
- オール与党のページへのリンク