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オウエン・テューダー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/10/22 07:09 UTC 版)
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オウエン・テューダー(Owen Tudor, ウェールズ語:Owain Tudur, 1400年頃 - 1461年2月2日)はイングランドの王家となったテューダー家の祖。 12世紀における南ウェールズのデハイバース(Deheubarth)国王リース・アプ・グリフィズ(Rhys ap Gruffydd)の末裔。
イングランド王ヘンリー6世の母后キャサリン(ヘンリー5世の未亡人)の納戸係秘書官として仕えていたが、後にキャサリンと秘かに結婚し、エドマンド、ジャスパーらの子をもうけた。エドマンドの子ヘンリーが後のヘンリー7世である。
薔薇戦争ではランカスター派の一員としてウェールズの軍勢を率いたが、1461年にモーティマーズ・クロスの戦いでマーチ伯エドワード(後のエドワード4世)に敗れて捕らえられ、処刑された。
オーエンテューダー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/15 14:18 UTC 版)
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| オーエンテューダー | |
|---|---|
| 英字表記 | Owen Tudor |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 青鹿毛 |
| 生誕 | 1938年 |
| 死没 | 1966年 |
| 父 | Hyperion |
| 母 | Mary Tudor II |
| 母の父 | Pharos |
| 生国 | |
| 生産 | Catherine Macdonald-Buchanan |
| 馬主 | Catherine Macdonald-Buchanan |
| 調教師 | Fred Darling |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 13戦6勝 |
| 獲得賞金 | 7,670ポンド |
オーエンテューダー(Owen Tudor、1938年 - 1966年)は、イギリスのサラブレッドの競走馬、および種牡馬。第二次世界大戦中の1941年にエプソムダービーに優勝し、後に種牡馬としても成功した。
目次 |
経歴
父は名種牡馬ハイペリオン、母はプール・デッセ・デ・プーリッシュ(フランス1000ギニー)やヴェルメイユ賞に勝ったフランスの競走馬メアリーテューダーであった。白斑のない青鹿毛の牡馬で、わずかに膝が曲がっていたという。
1941年にフレッド・ダーリン調教師のもとで競走馬デビューした。初戦となったソールズベリーステークスを快勝し、このほか2戦してボスコーウェンステークスで2着に入っている。この年の2歳牡馬のなかで、オーエンテューダーは第8位に相当するフリーハンデを与えられている。
オーエンテューダーが3歳になった1942年はまさに第二次世界大戦の真っただ中で、主要競走のいくつかは他の競馬場で代替開催されていた。エプソムダービーもエプソム競馬場を離れ、ニューマーケット競馬場にて「ニューダービー」という代替競走として施行されていた。オーエンテューダーは単勝26倍の穴馬扱いながらもこれを優勝、祖父ゲインズバラ・父ハイペリオンに続く3代ダービー優勝と成し遂げた。同年はこのほかニューマーケットセントレジャー(代替セントレジャーとは別競走)、コラムステークスに勝っている。
4歳時には同じくニューマーケット競馬場に疎開していたゴールドカップに出走、これに優勝した。この年で引退し、翌年より種牡馬となった。
引退後
種牡馬としても多くの活躍産駒を出して成功し、リーディングサイアーにこそならなかったものの、1961年にはフランスの種牡馬ランキングで2位に入っている。
最も代表的な産駒にテューダーミンストレルがいる。同馬はマイル以下の競走で圧倒的な強さを誇り、2000ギニーなどで8勝を挙げた。一方でそれ以上の距離では不可解な敗戦をしたので、後世にはマイラーとして評価されている。同じく短距離路線で活躍した馬で、ジュライカップ連覇などをしたアバーナントもまたオーエンテューダーを代表する産駒である。フランスでもプール・デッセ・デ・プーラン(フランス2000ギニー)やジョッケクルブ賞を制したライトロワイヤルが出ており、同馬はイギリスのキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスで同年の英二冠馬セントパディを破っている。
この他の産駒に、マルセル・ブサック所有のもとでアスコットゴールドカップとカドラン賞を制したエルペノール、アメリカでマンノウォーステークスなどに勝ったテューダーイラ、ホワイトローズステークスなどに勝ったテューダーペリドットらがいる。後継の種牡馬にも恵まれ、一時は日本でもハマノパレードやテンメイが出るなど繁栄したが、現在ではテューダーミンストレルの後継がイギリスに残る程度である。
オーエンテューダーは1960年に種牡馬を引退、それから6年後、25歳のときに死亡した。
評価
主な勝鞍
※当時はグループ制未導入
- 1940年(2歳) 3戦1勝
- ソールズベリーステークス
- 2着 - ボスコーウェンステークス
- 1941年(3歳) 7戦3勝
- ニューダービー、ニューマーケットセントレジャー、コラムステークス
- 1942年(4歳) 3戦2勝
- ニューマーケットゴールドカップ
血統表
| オーエンテューダーの血統 (ハイペリオン系/Chaucer 3x4=18.75%、 St. Simon 4x5x5=12.50%、 Bay Ronald 4x5=9.38%、 Cyllene 5x5=6.25%、 Galopin 父内5x5=6.25%) | |||
|
父
Hyperion 1930 栗毛 イギリス |
Gainsborough 1915 鹿毛 イギリス |
Bayardo | Bay Ronald |
| Galicia | |||
| Rosedrop | St. Frusquin | ||
| Rosaline | |||
| Selene 1919 鹿毛 イギリス |
Chaucer | St. Simon | |
| Canterbury Pilgrim | |||
| Serenissima | Minoru | ||
| Gondolette | |||
|
母
Mary Tudor II 1931 鹿毛 フランス |
Pharos 1920 鹿毛 イギリス |
Phalaris | Polymelus |
| Bromus | |||
| Scapa Flow | Chaucer | ||
| Anchora | |||
| Anna Bolena 1920 鹿毛 フランス |
Teddy | Ajax | |
| Rondeau | |||
| Queen Elizabeth | Wargrave | ||
| New Guinea F-No.10-b | |||
参考文献
- The Encyclopaedia of Flat Racing(1986 著者:Howard Wright、出版:Robert Hale。 ISBN 0-7090-2639-0)
外部リンク
- Hyperion#Owentudor - Thoroughbred Heritage (英語)