エセン・ブカ (モグーリスタン)とは? わかりやすく解説

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エセン・ブカ (モグーリスタン)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/01 15:23 UTC 版)

エセン・ブカ(Esen Buqa II、? - 1461年/62年)は、東チャガタイ・ハン国モグーリスタン・ハン国)のハン(在位:1432年 - 1462年)。ワイスの子。

生涯

ワイスが没した後、モグーリスタン・ハン国は混乱した状態にあり、ワイスの遺子であるエセン・ブカとその兄のユーヌスはどちらも成人しておらず、いずれを支持するかで国内は二分された[1]。この時優勢だったのはエセン・ブカであり、ユーヌスは自分が不利な立場にあることを知るとティムール朝ウルグ・ベクの元に亡命した。このユーヌスの出奔によって、 エセン・ブカが唯一のハンとなる。統治期間のうち、最初の数年は順調だった。貴族(アミール)たちは皆忠誠を誓っており、1435年にワイスの死後にティムール朝に占領されたカシュガルの奪還に成功する。しかし、アミールたちは次第に若いエセン・ブカの権力が微弱と見做すようになり、ハン国は統制が取れない状態に戻り始めた[1]。アミールたちの信頼をいくらか回復した後アクスに移り、ハン国の有力者であるドゥグラト部のサイイド・アリーと姻戚関係を築くため、娘のダウラト・ニガル・ハニムとサイイド・アリーの子との婚姻を成立させた。

国内の統制を回復させた直後、エセン・ブカはマー・ワラー・アンナフルのティムール朝からの奪還を試みた。1451年にティムール朝北方の領土に侵入し、サイラーム、ヤシタシュケントを攻撃した[2]アブー・サイードがマー・ワラー・アンナフルからモグーリスタン軍を駆逐するため兵力を結集すると進攻を注視し、エセン・ブカの軍はモグーリスタン国内まで追撃されることなく撤退した。度重なる侵入に業を煮やしたアブー・サイードはチャガタイ家の分裂を図り、シーラーズに留め置いていたユーヌスに軍隊をつけてモグーリスタンに送り返した[2]。ユーヌスはモグーリスタンのアミールの中に支持者を作り、カシュガルに進軍した。カシュガルを支配するサイイド・アリーはエセン・ブカに援軍を求め、エセン・ブカとサイイド・アリーの連合軍はカシュガル北東のフワーニ・サーラールでユーヌスを破った[2]。エセン・ブカはユーヌスを捕らえて再びティムール朝に追放した。だが、それから間もなくユーヌスはモグーリスタンに戻って支持者を集め、エセン・ブカはユーヌスに対して決定的な勝利を収められなかった。

1461年/62年にエセン・ブカは没し、彼の死によってモグーリスタンは再び分裂した。西部にユーヌス、東部にはエセン・ブカの子ドースト・ムハンマドが割拠しており、ドースト・ムハンマドの死までモグーリスタンの分裂は続いた。

カザフの流入

エセン・ブカはジャニベク・ハンケレイの2人に率いられてウズベクのアブル=ハイル・ハンから離反したカザフを受け入れた人物としても知られる[3]カザフ・ハン国が成立した後も両者の友好は保たれ、エセン・ブカの死後数10年の間、モグーリスタン・ハン国とカザフ・ハン国は同盟関係にあった。

脚注

  1. ^ a b S.G.クシャルトゥルヌイ、T.I.スミルノフ「カザフスタン中世史より」『アイハヌム2003』、82頁
  2. ^ a b c ルネ・グルセ『アジア遊牧民族史』下(後藤富男訳, ユーラシア叢書, 原書房, 1979年2月)、783-785頁
  3. ^ S.G.クシャルトゥルヌイ、T.I.スミルノフ「カザフスタン中世史より」『アイハヌム2003』、86頁

参考文献

  • S.G.クシャルトゥルヌイ、T.I.スミルノフ「カザフスタン中世史より」『アイハヌム2003』(加藤九祚訳, 東海大学出版会, 2003年
  • 小松久男・梅村坦・宇山智彦・帯谷知可・堀川徹編『中央ユーラシアを知る事典』(平凡社, 2005年4月)、556-557頁収録の系図

関連文献

  • 以下の書籍にモグーリスタン・ハン国の君主の系図が収録されている。
    • 小松久男編『中央ユーラシア史』(新版 世界各国史4)山川出版社、2000年


先代
ワイス
チャガタイ・ハン国のハン
1432年 - 1462年
次代
ドースト・ムハンマド



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