「有栖川流」を解説文に含む見出し語の検索結果(1~10/84件中)
読み方:ありすがわのみや やすこ ひ皇族。有栖川宮威仁親王妃。加賀藩主前田慶寧第四女、利嗣侯爵の妹。初名斐子、後に慰子と改む。実母は久徳尋子。熾仁親王に有栖川流の書を、高崎正風に和歌を学ぶ。大正12年...
読み方:ありすがわのみや やすこ ひ皇族。有栖川宮威仁親王妃。加賀藩主前田慶寧第四女、利嗣侯爵の妹。初名斐子、後に慰子と改む。実母は久徳尋子。熾仁親王に有栖川流の書を、高崎正風に和歌を学ぶ。大正12年...
読み方:しみずだに きんなお江戸後期の公卿。清水谷実揖の子。安政勤王八十八廷臣の一人。仕えて正二位権中納言中将に至る。有栖川流の書・和歌を能くした。明治16年(1883)歿、75才。
読み方:しみずだに きんなお江戸後期の公卿。清水谷実揖の子。安政勤王八十八廷臣の一人。仕えて正二位権中納言中将に至る。有栖川流の書・和歌を能くした。明治16年(1883)歿、75才。
伏見宮邦家親王の第七女。剃髪して大和円照寺門跡(皇族最後の尼門跡の宮)。孝明天皇の猶子となる。明治維新に宮家に戻ったが、念仏三昧で暮らし、再び円照寺に移った。和歌・書(有栖川流)に巧みで著作五〇冊。(...
伏見宮邦家親王の第七女。剃髪して大和円照寺門跡(皇族最後の尼門跡の宮)。孝明天皇の猶子となる。明治維新に宮家に戻ったが、念仏三昧で暮らし、再び円照寺に移った。和歌・書(有栖川流)に巧みで著作五〇冊。(...
読み方:ふしみのみやぶんしゅうに伏見宮邦家親王第七王女。大和円照寺六世を継ぐ。皇族最後の尼門跡の宮。通称は福喜宮、道号は大和、法謚は最勝心院。孝明天皇の養女となる。手芸・和歌また有栖川流の書に秀でた。
読み方:ふしみのみやぶんしゅうに伏見宮邦家親王第七王女。大和円照寺六世を継ぐ。皇族最後の尼門跡の宮。通称は福喜宮、道号は大和、法謚は最勝心院。孝明天皇の養女となる。手芸・和歌また有栖川流の書に秀でた。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/28 04:56 UTC 版)「尊円流」の記事における「子系統」の解説尊朝流 始祖尊朝法親王 三条流 始祖三条西実隆 ...
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/05 23:57 UTC 版)「國學院大學博物館」の記事における「校史ゾーン」の解説國學院およびその設立母体である皇典...
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「有栖川流」の辞書の解説