「扶桑拾葉集」を解説文に含む見出し語の検索結果(1~10/11件中)
読み方:とみのこうじ としみち室町後期の公卿。富小路通治の子。従三位宮内卿・正四位下に至る。著書に『扶桑拾葉集』『新菟玖波集』がある。永正10年(1513)歿。
読み方:とみのこうじ としみち室町後期の公卿。富小路通治の子。従三位宮内卿・正四位下に至る。著書に『扶桑拾葉集』『新菟玖波集』がある。永正10年(1513)歿。
読み方:いまがわ のりまさ室町時代の武将・歌人。駿河国守護。上総介。泰範の子。法号は今林寺慶堂道賀。上杉禅秀の乱に際しては、その鎮圧に功をあげる。歌人としても有名であり、正徹・正広などとも歌の友として...
読み方:いまがわ のりまさ室町時代の武将・歌人。駿河国守護。上総介。泰範の子。法号は今林寺慶堂道賀。上杉禅秀の乱に際しては、その鎮圧に功をあげる。歌人としても有名であり、正徹・正広などとも歌の友として...
『増基法師集』(ぞうきほうししゅう)は平安時代の歌集。『いほぬし』『庵主日記』とも。いほぬしは庵主・廬主と記す増基法師の号から。平安期の私家集であるが、巻頭に30首の熊野紀行、巻末に50首の遠江日記を...
『増基法師集』(ぞうきほうししゅう)は平安時代の歌集。『いほぬし』『庵主日記』とも。いほぬしは庵主・廬主と記す増基法師の号から。平安期の私家集であるが、巻頭に30首の熊野紀行、巻末に50首の遠江日記を...
『増基法師集』(ぞうきほうししゅう)は平安時代の歌集。『いほぬし』『庵主日記』とも。いほぬしは庵主・廬主と記す増基法師の号から。平安期の私家集であるが、巻頭に30首の熊野紀行、巻末に50首の遠江日記を...
『和泉式部日記』(いずみしきぶにっき)は、和泉式部によって記された日記であり、女流日記文学の代表的作品である。「三条西家本」を底本とすることが多い。[1]概要中古三十六歌仙の一人、小倉...
凡例大内 義興大内義興像(山口県立山口博物館所蔵)時代室町時代後期(戦国時代前期)生誕文明9年2月15日(1477年3月29日)[注釈 1]死没享禄元年12月20日(152...
長源院長源院山門(三門解脱)(2018年4月5日撮影)所在地静岡県静岡市葵区沓谷一丁目24番1号位置.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output ....
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