「宝暦7年」を解説文に含む見出し語の検索結果(1~10/1210件中)
読み方:ひの幕臣。称玄蕃。侍従。畠山義紀の次男。資直の嗣。宝暦7年(1757)生。
読み方:ひの幕臣。称玄蕃。侍従。畠山義紀の次男。資直の嗣。宝暦7年(1757)生。
江戸後期の臨済宗の僧。大徳寺三百七十世。滋賀県生。天渓紹策の法嗣。宝暦7年開堂する。天明3年(1783)寂、77才。
読み方:いちかわ だんじゅうろう江戸中期の歌舞伎俳優。江戸生。初名九蔵、前名海老蔵、俳名は三升・才牛・栢莚。初代の子。荒事のみでなく和事にも優れ無類上上告に位付けられる。当り役は「鳴神」の鳴神上人等。
読み方:いちかわ だんじゅうろう江戸中期の歌舞伎俳優。江戸生。初名九蔵、前名海老蔵、俳名は三升・才牛・栢莚。初代の子。荒事のみでなく和事にも優れ無類上上告に位付けられる。当り役は「鳴神」の鳴神上人等。
読み方:とくがわ むねなお江戸中期の大名。紀州徳川家。松平頼純の男。幼名は義大夫。元禄13年徳川綱吉に謁見。享保元年本家を継ぎ、のち参議・中将・従二位権大納言等を歴任した。宝暦7年(1757)歿、76...
読み方:とくがわ むねなお江戸中期の大名。紀州徳川家。松平頼純の男。幼名は義大夫。元禄13年徳川綱吉に謁見。享保元年本家を継ぎ、のち参議・中将・従二位権大納言等を歴任した。宝暦7年(1757)歿、76...
読み方:やなだ ぜいがん江戸中期の儒者。武蔵生。勝秀の子。名は邦彦、のち邦美、字は景鸞、亀毛と号する。人見鶴山・新井白石に学び、また室鳩巣・三宅観瀾らと親交があった。程朱の学を修め、詩も能くする。宝暦...
読み方:やなだ ぜいがん江戸中期の儒者。武蔵生。勝秀の子。名は邦彦、のち邦美、字は景鸞、亀毛と号する。人見鶴山・新井白石に学び、また室鳩巣・三宅観瀾らと親交があった。程朱の学を修め、詩も能くする。宝暦...
読み方:ぎおん ゆりじょ江戸中期の歌人。江戸生という。京都祇園の茶店梶子の養女。のちに池大雅の妻となる町子(玉瀾)を生み、女手一つで養育した。和歌を好み書に優れ、養母と共に女丈夫として名高かった。宝暦...
< 前の結果 | 次の結果 >
>>
「宝暦7年」の辞書の解説