スティーヴン・コルベアとは? わかりやすく解説

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スティーヴン・コルベア

(stephen colbert から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/05/23 00:32 UTC 版)

スティーヴン・コルベア[1]
Stephen Colbert
2017年
本名 Stephen Tyrone Colbert
生年月日 (1964-05-13) 1964年5月13日(62歳)
出生地 ワシントンD.C.
国籍 アメリカ合衆国
身長 180cm
職業 コメディアン俳優作家
ジャンル テレビ番組映画
活動期間 1984年 - 現在
配偶者 エブリン・マギー(1993年から)
著名な家族 マドレーン・コルベア
ピーター・コルベア
ジョン・コルベア
主な作品
テレビ番組
ザ・デイリー・ショー
コルベア・レポー
受賞
エミー賞
バラエティ/音楽/コメディ番組部門
2004年『ザ・デイリー・ショー』
2005年『ザ・デイリー・ショー』
2006年『ザ・デイリー・ショー』
2008年『ザ・コルベア・レポー』
グラミー賞
ベスト・コメディ・アルバム賞
2010年『A Colbert Christmas: The Greatest Gift of All!』
その他の賞
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スティーヴン・タイロン・コルベア[1](Stephen Tyrone Colbert、1964年5月13日 - )はアメリカ合衆国出身のコメディアン、俳優、作家。その皮肉たっぷりのスタイルで知られている。3度エミー賞を受賞している。また2006年と2012年に、タイム・マガジンの「最も影響力のある人物100人」の一人に選ばれている[2][3]。造語「ウィキアリティ」の考案者として知られる[4]

経歴

コルベアはワシントンD.C.で生まれ、サウスカロライナ州で育った。彼の家庭はアイルランド系カトリックで、コルベアは11人兄弟の末っ子であった。父親は Medical University of South Carolinaの学務部長であった。しかし1974年、コルベアが10歳のときに父と二人の兄が飛行機事故 (en:Eastern Air Lines Flight 212) で亡くなってしまう。その後、母と共に引っ越したコルベアは、変化に適応するのが難しく、友人を作ることもあまりなかったという。そんな彼はSFやファンタジー小説、特にJ・R・R・トールキンの熱烈なファンとなる。また、RPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』にも熱中した。

その後、チャールストンにある米国聖公会系のPorter-Gaud Schoolに通い、いくつかの学校劇に出演。若いころは海洋学を学びたいと思っていたが、しかし、鼓膜にダメージを負ったことで、スキューバ・ダイビングやそれに類する事柄が出来なくなってしまった。コルベアはヴァージニア州のハムデン=シドニー大学に入学、哲学を学びながら学生劇に参加。次第に演劇への興味が大きくなり、2年後にノースウェスタン大学に転校し、即興劇団に参加するようになる。卒業後、即興劇団のセカンド・シティに参加。

元々俳優になるべく学んでいたが、大学在学中に、即興コメディ・グループのセカンド・シティの演出家であったデル・クローズと知り合い、即興演劇に興味を持つようになった。コルベアのプロとしての初舞台は、シカゴのセカンド・シティの舞台で、スティーヴ・カレルの代役を務めた時であった。当時の劇団員には、後にコメディ・ショー Exit 57で高い評価を得るポール・ディネロやエイミー・セダリスなどがいた。

また、コメディ番組『ダナ・カービー・ショー』で脚本・出演を果たし、次にポール・ディネロやエイミー・セダリスと共に『ストレンジャー・ウィズ・キャンディ』(Strangers with Candy) を製作した。彼はこの番組で、カミングアウトしていないゲイの歴史教師Chuck Nobletを演じて注目される。また、コメディ・セントラルのパロディ番組『ザ・デイリー・ショー』で演じた記者役も有名である。

2005年に『ザ・デイリー・ショー』を去り、スピンオフ作品の『コルベア・レポー』(The Colbert Report)に出演。このシリーズのスタイルは『ザ・デイリー・ショー』と同じで、特にビル・オライリーのニュース番組『ザ・オライリー・ファクター』のような、パーソナリティ中心の意見番組のパロディを主としている。『ザ・コルベア・レポー』はエミー賞にノミネートされ、またコルベアが2006年にホワイトハウスの記者クラブの晩餐会に招かれたことで、コメディ・セントラルでも最高視聴率を誇る番組となった。

2017年のエミー賞のホスト(司会)に選出されたことが発表された[5]

コメディアンとしてのキャリア

初期

コルベアはノースウェスタン大学在学中に演劇を学んでいたが、コメディにはあまり興味がなく、主に実験演劇などに出演していた。そのうち、シカゴのAnnoyance Theatreの一部であった、デル・クローズのImprovOlympicでインプロ(即興演劇)にかかわるようになるが、その劇団は即興コメディよりもインプロを重視していた。後にコルベアは“セカンドシティで活動するつもりはなかった。”と語った。“なぜなら、Annoyance Theatre は、あれは本当の即興ではないとしてセカンド・シティを見下していたからです。Annoyance Theatre の人々には多少お高く留まったところがありました。”[6]1986年に大学卒業後、セカンド・シティのボックス・オフィスで働いていた友人が、そこでの電話応対や売店での接客の仕事をコルベアに紹介した。働き始めてすぐ、セカンド・シティのメンバーになると、トレーニングセンターで演劇のクラスを無料で受講出来ることに気づき、コメディ・グループに反感を持っていたものの、そのクラスを楽しんで受けるようになる。

その後すぐにコルベアは、スティーヴ・カレルの代役としてセカンド・シティのツアーメンバーとなる。コルベアは、後に共に働くことになるエイミー・セダリスとポール・ディネロに出会うが、この3人は当初はあまり気が合わなかったと後に語っている。当初ディネロは、コルベアは神経質で冷淡、もったいぶっている感じ、コルベアはディネロのことを"an illiterate thug"(無教養な悪党)だと思った[7]という。しかし3人は同じコメディ・センスを持っていることに気づき、ツアー中に親友となった。

エイミー・セダリスとポール・ディネロがHBOのテレビシリーズを制作する機会に恵まれたとき、コルベアはセカンド・シティを去ってニューヨークに移り、彼らと共にスケッチ・コメディ・ショーExit 57の制作に関わった[8]。1995年にコメディ・セントラルで放映開始になったこの番組は、翌年まで続いた。12エピソードしか制作されなかったものの、番組は好評を得て[9][10]1995年のw:CableACE Awardで、脚本賞などを含む5つの賞を受賞した[11]

Exit 57の後、コルベアは6ヶ月の間The Dana Carvey Showで脚本を執筆、また出演もした。この番組にはスティーヴ・カレルロバート・スミゲルチャーリー・カウフマン、ルイス・C・K、ディノ・スタマトプーロスなどが出演していた。このシリーズは過激であったため、最初のエピソードが放映された後にスポンサーが降りてしまい、結局7エピソードを制作してキャンセルになった[12]。その後コルベアは短期間、ロバート・スミゲルと共にサタデー・ナイト・ライブに参加。スミゲルは最初The Dana Carvey Showで放映していたThe Ambiguously Gay Duoというアニメ番組をSNLに移動させて放映し、コルベアはスティーヴ・カレルと共に声優として出演した。更にコルベアは台本コンサルタントとしてVH1MTVでも働いた。また、『グッド・モーニング・アメリカ』にも出演したが[8]、彼が出演した2コマのうち1つだけしか放映されなかった。しかしこの番組で、後にザ・デイリー・ショーのプロデューサーとなるマデリーン・スミスバーグと出会っている[13]

ストレンジャーズ・ウィズ・キャンディ

コルベアは同じ頃、再びエイミー・セダリスとポール・ディネロと共に、コメディ・セントラルのために新しいシリーズ『ストレンジャーズ・ウィズ・キャンディ』(w:Strangers with Candy) の構想を練っていた。コメディ・セントラルはこのシリーズを1998年より放映した。コルベアはその時すでに『ザ・デイリー・ショー』に出演していたため、『ストレンジャーズ・ウィズ・キャンディ』への出演を減らし、また『ザ・デイリー・ショー』も年に12回の撮影となった。[8]

ザ・デイリー・ショー

コルベアはコメディ・セントラルのパロディ・ニュース番組『ザ・デイリー・ショー』に1997年から参加することになった。コルベアは4人いる特派員のうちの一人を演じた。2年の後、ホストのクレイグ・キルボーンが番組を去り、ジョン・スチュワートがホストとなり、脚本やプロデュースも手掛けるようになる。この時から『ザ・デイリー・ショー』は政治色を強め、更に人気を集めて行った。コルベアは特派員としてだけでなく、スタジオでの出演もするようになる。

ザ・コルベア・レポー

『ザ・デイリー・ショー』からスピンオフした番組で、アメリカでは『ザ・デイリー・ショー』に続き午後11時30分から放送されている。番組名は「Colbert」を「コルベア」と発音することにひっかけ「Report」を「レポー」と読ませるようになっている。この番組でのコルベアは本人ではなく、あくまでもキャラクターとしてのコルベアを演じ、明らかにビル・オライリーをモデルにしたネオコン・保守の論客として番組のホストをつとめながら、暗にブッシュ政権を風刺するというスタイルをとっている。

『ザ・デイリー・ショー』同様に番組の後半ではゲストとの対談が行われるが、ゲストが登場するのを迎えるという形ではなく、ゲストが待っている席にコルベアが観客の拍手を浴びながら向かっていくという形式をとっているのが特徴的である。

2006年、ホワイトハウスの記者クラブの晩餐会

2006年4月29日、コルベアはワシントンDCで開かれた、ホワイトハウスでの記者クラブ主催の晩餐会に招待された。その晩餐会で16分にわたるスピーチと、7分のビデオを上映し、その様子は政治専門チャンネルC-SPANやニュース専門局のMSNBCで放映された。数ヤード離れた所にはアメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュがおり、聴衆にはセレブリティ、政治家、ホワイトハウス付きの記者達がいる中でコルベアは、強烈なブッシュ批判、メディア批判を行った。コルベアはテレビ・パーソナリティのスティーヴン・コルベアではなく、『ザ・コルベア・レポー』の政治批評家のコルベアとして、ビル・オライリーショーン・ハニティーの大げさなパロディを演じた。

コルベアはホワイトハウス記者クラブの会長、マーク・スミスに招待された。ニューヨーク・マガジンのリポートによると、スミスはコルベアのショーを見たことがほとんどなかったという。晩餐会には2500名もの著名人が招かれており、中にはファースト・レディのローラ・ブッシュアメリカ統合参謀本部議長ピーター・ペースアメリカ合衆国司法長官アルバート・ゴンザレスAOLの設立者スティーヴ・ケース、テニス選手のアンナ・クルニコワ、俳優のジョージ・クルーニーもいた。

ザ・レイト・ショー

2014年4月10日、2015年春のレターマンの引退によるレイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマンの放送終了に伴い[14]、後継に指名されたコルベアは9月8日からCBSで放送がスタートする『ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア』の司会に抜擢された[15]

2026年5月21日、CBSは『ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア』を終了した[16]。同局は深夜番組を巡る財政的な判断を理由としており、ドナルド・トランプを始めとした政権批判とは無関係と説明しているが[17][18]、コルベアや識者などから「政治風刺を封じる動きだ」として、同局による打ち切りの決定を批判する声が相次いだ[16][19]

脚注・出典

  1. 1 2 "The Colbeard"The Late Show with Stephen Colbert(番組公式Youtubeチャンネル動画)自己紹介に基づく発音表記。
  2. Stephen Colbert - The 2006 TIME 100 - TIME at the Wayback Machine (archived 2012-07-24)
  3. Trudeau, Garry (2012年4月18日). “Stephen Colbert - The World's 100 Most Influential People: 2012 - TIME” (英語). Time. ISSN 0040-781X 2024年12月2日閲覧。
  4. Colbert's America: Satire and Democracy by Sophia A. McClennen, p.5
  5. 2017年:エミー賞、司会はスティーブン・コルベア』 2017年1月14日 Onebox News
  6. Rabin, Nathan (2006年1月25日). “Stephen Colbert interview”. The A.V. Club (The Onion). オリジナルの2006年2月2日時点におけるアーカイブ。 2006年7月10日閲覧。
  7. Jevens, Darel (2003年4月27日). “Wigging Out”. The Chicago Sun-Times {{cite news}}: |publisher=では太字とイタリック体は使えません。 (説明)
  8. 1 2 3 P., Ken (2003年8月11日). An Interview with Stephen Colbert”. IGN. 2006年7月22日閲覧。
  9. Roush, Matt (1995年8月18日). “Critic's Corner”. USA TODAY
  10. Lipsky, David (1995年1月21日). “The new skitcoms: Sketches of pain”. Rolling Stone
  11. Biography of Stephen Colbert at The Daily Show official website”. Comedy Central. 2005年10月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年7月22日閲覧。
  12. Millman, Joyce (1996年2月15日). Dana Carvey bites the hand that feeds him”. Salon.com. 2006年11月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年11月25日閲覧。
  13. Schneider, Jacqueline (2003年5月6日). So What Do You Do, Stephen Colbert?”. Mediabistro.com. 2006年7月22日閲覧。
  14. “CBS Announces Stephen Colbert as The Next Host Of The "Late Show" (Press release). 2014年4月10日. 2014年4月10日閲覧.
  15. Collins, Scott (2015年1月12日). Late Show With Stephen Colbert' will premiere Sept. 8, CBS says”. Los Angeles Times. 2015年6月16日閲覧。
  16. 1 2 Alicia Powell, Lisa Richwine (2026年5月22日). 政治風刺の米「レイトショー」終了、P・マッカートニーが最終回飾る”. ロイター通信. 2026年5月23日閲覧。
  17. 米で人気の深夜トークショー「ザ・レイト・ショー」、来年終了へ”. BBCNEWS JAPAN (2025年7月18日). 2025年7月19日閲覧。
  18. 日本テレビ (2025年7月19日). 米CBSテレビ、人気トーク番組「ザ・レイト・ショー」来年5月に終了 トランプ大統領に批判的な司会者”. 日テレNEWS NNN. 2025年7月19日閲覧。
  19. 田村剛 (2026年5月22日). 米人気番組が33年の歴史に幕 トランプ氏を批判、圧力に屈したか”. 朝日新聞. 2026年5月23日閲覧。

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