Yoshitaka Shiiba
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/27 04:43 UTC 版)
テクノアーティスト、 DJ。80~90年代のHIPHOPミュージックに影響を受け、ターンテーブル、レコード、AKAIのサンプラーを購入。十代後半に友人のYOYOとBORDERを結成し、鹿児島市にてオリジナルのリリックと楽曲を用い、ラップ、DJ等のライブ活動を始める。 その後、アーティストになるべく東京へ上京するも、 生活に追われる日々の中、目立ったライブ活動も無く、上手くいかなかった。友人らは音楽を辞めていき、自分だけが、楽曲制作を続ける事となる。 都内でとび職の仕事をしながら、DJ、楽曲制作を続け、渋谷、新木場、横浜等のクラブに通い、様々な音楽ジャンルのイベントを体験する。 そんな日々を振り返った時、 改めて心の奥底に燃える音楽への情熱を強く感じ、 『いつか世界のダンスミュージックの表舞台に立ちたい...』と思うようになる。 音の本質を追求するべく、楽曲制作を独学で学び、 RolandのTR808,TR909,TB303等のビンテージ機材を用いて、MINIMAL TECHNO,TRANCE,HIPHOP、HOUSE等、ありとあらゆるジャンルのダンスミュージクを数多く制作する。 しかし、『自分がやっている事は、誰かのモノマネに過ぎない。単に成功者の音楽をなぞっているだけではないのか?...』との自問自答を日々、繰り返すようになる。 多種多様な音楽が入り混じる現代のシーンにおいて、 日本人である自分にとって『本物のダンスミュージックとは何か?』との自問に答えを出すべく、 日本のダンス = 祭り、民謡? とのヒントをもとに、地元、鹿児島県の祭りや民謡の リズム、メロディを楽曲制作に取り入れた、 実験的、試作曲『OHARABUSHI』を制作し、TuneCoreにて音楽配信する。 テクノミュージックとブレンドし、ダンスアンセムとする事で、世界のダンスミュージック界も視野に入れた楽曲構成とする。 現在、鹿児島のクラブにて パフォーマンスの機材として、MACノートPC、 DJ ソフトウェア Traktor +kontrol X1を2台使用し、 独自のダンススタイルを世界に送り出し、日本文化において、生まれた素晴らしいリズム、流麗で優雅なメロディを世界に認知させ、『祭』としてのジャンル化を目指す。
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