ゾンビ (映画)
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| ゾンビ | |
|---|---|
| Dawn of the Dead Zombie |
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| 監督 | ジョージ・A・ロメロ |
| 脚本 | ジョージ・A・ロメロ |
| 製作 | クラウディオ・アルジェント アルフレッド・クオモ リチャード・P・ルービンスタイン |
| 出演者 | デビッド・エンゲ ケン・フォリー スコット・H・ライニガー ゲイラン・ロス |
| 音楽 | ゴブリン ダリオ・アルジェント |
| 撮影 | マイケル・ゴーニック |
| 編集 | ジョージ・A・ロメロ ダリオ・アルジェント |
| 配給 | |
| 公開 | |
| 上映時間 | 115分 139分(ディレクターズ・カット版) |
| 製作国 | |
| 言語 | 英語 |
| 製作費 | US$650,000[3] |
| 興行収入 | $55,000,000[4] |
| 前作 | ナイト・オブ・ザ・リビングデッド |
| 次作 | 死霊のえじき |
『ゾンビ』(原題: Dawn of the Dead、国際題: Zombie)は、1978年9月にイタリアで公開されたジョージ・A・ロメロ監督のホラー映画。日本では1979年3月に公開された。
数多くのホラー作品を手掛けている映画監督のダリオ・アルジェントが音響効果、ヨーロッパ公開版の監修および一部プロデュースを担当して制作費を集め、ヨーロッパでの配給権を得た。以降の「ゾンビ映画」というジャンルを確立したとされ、当時無名だったロメロは、本作で一躍知られるようになった。
ストーリー
謎の原因により突如死体が蘇り、次々と人々を襲い始める。殺された人もまた蘇って人を襲い、急増する彼らの前に救助施設は次々に閉鎖を余儀なくされる。フィラデルフィアのテレビ局「WGON」は悪化する現状に対応しきれずに混乱する。局員のフランと恋人のヘリコプターパイロットのスティーブンは都市からの脱出を決意する。スティーブンの友人でSWAT隊員のロジャーは、あるアパートでの過激派グループの篭城制圧に参加していたが、内部では殺された者たちがゾンビ化しており戦闘は地獄絵図となる。辛くも切り抜けたロジャーは同僚のピーターをヘリでの脱出計画に誘い、スティーブンたちと合流。4人はヘリで飛び立つ。
ゾンビが蔓延するばかりの状況、そんな中でさえゾンビ狩りを楽しむ人々を尻目にヘリは広大なショッピングモールへ辿り着く。そこもゾンビの巣窟と化していたが、豊富な物資が手付かずのまま残されていたため、4人はモール内に留まることにする。だが、ゾンビ対策のためにモールの入口をトラックで塞ぐ作業中、ロジャーがゾンビに噛まれ負傷してしまう。何とか封鎖を完了し物資の独占に成功したピーターたちは、最上階の隠れ部屋で新たな生活を始めるが、ロジャーの容態は急速に悪化してしまう。遺言を残して死亡した後にロジャーはゾンビ化して蘇り、ピーターに射殺される。
3人が絶望感に満ちた生活を続けていく中、武装した暴走族集団ヘルズ・エンジェルスが略奪の為に襲撃してくる。3人と武装集団、解き放たれたゾンビらによる全面戦争。フランはただ一人留まる中、武装集団がショッピングモール内の商品を略奪しては、ゾンビに酒を浴びせて食品を投げつけたり、好き放題に振る舞っていた。ピーターの指示で応戦しゾンビや武装集団を排除するも、スティーブンはピーターの提案を無視し暴走族に撃たれてしまう。ピーターは最後までスティーブンを懸命にフォローするが、エレベーターでゾンビの群れに襲われたスティーブンは、失血死してゾンビ化。逆にピーターを襲うも最上階の隠れ部屋で射殺されて活動を終える。仲間たちを死なせた絶望感から自殺を考えたピーターは思い留まり、ゾンビの群れを強行突破すると、屋上で待機していたフランのヘリに乗り込んだ。燃料は残り少ないと告げるフランに、ピーターは「まぁ、いいさ」と微笑み、2人を乗せたヘリはショッピングモールから飛び去った。
登場人物
主要人物
- ピーター・ワシントン
- 演 - ケン・フォリー
- 長身の黒人男性の(ロジャーとは別の隊に所属する)SWAT隊員。冷静沈着な性格でプランを提案することがある。ヘリ坊のスティーブンやロジャーと共に行動することも多い。追い込まれた現実を直視しないヘリ坊のスティーブンに苛立つ一面もある。暴走するロジャーを一喝して正気に戻すなど皆のまとめ役として活躍する。暴走族集団の襲撃を機にショッピングモールのバリケードが崩壊すると、応戦の末に自らは暴走族集団を射殺したりゾンビの群れに巻き込んだりして次々に排除し、フランにはヘリまで避難させるなど適切な対応をとっていた。特技はテニス。
- フランシーン・パーカー
- 演 - ゲイラン・ロス
- 通称フラン。スティーブンの恋人で避難した時点で妊娠4ヶ月だったことが判明する。離婚歴あり[5]。テレビ局員。合流当初は消極的な性格だったが、ピーターから銃の扱い方を、スティーブンからヘリの操縦法を教えてもらい、積極的に行動するようになる。物語終盤では自らヘリコプターを操縦し遅れて上がってきたピーターを連れて脱出する。
- スティーブン・アンドリュース
- 演 - デビッド・エンゲ
- フランの恋人。ロジャーの友人。ヘリコプターのパイロットでピーターからは「フライボーイ(飛行少年、ヘリ坊)」と呼ばれる。本業は交通情報のアナウンサー。物語の終盤で暴走族集団の襲撃を受け、彼らをやり過ごそうとしたピーターの提案を無視したことが仇となり、エレベーターに乗り込むも降りた先で暴走族に撃たれて腕を負傷。その後ピーターの指示でエレベーターから脱出を図るもゾンビの群れに襲われ、失血死を経てゾンビ化。逆にゾンビの群れを引き連れてピーターを追い詰めるも射殺される。小説版でのロジャーとの関係はバーでの飲み仲間。
- ロジャー・デマルコ
- 演 - スコット・H・ライニガー
- 小柄の(ピーターとは別の隊に所属する)SWAT隊員。スティーブンの友人。離婚歴あり[5]。プエルトリコ人のアパートへの突入時に暴走した隊員(ウーリー)を射殺したピーターと意気投合し、脱出行に誘う。スティーブンとピーターの対立を諌めたりするなどの気遣いも見せるが、調子に乗りやすい性格で彼のその行動が原因で入口を封鎖する作戦中にトラックに乗り移ろうとして道具の入った鞄を落としてしまう。その後、鞄を拾うとするも、ゾンビに腕と足を噛まれてしまう。噛まれた後はカートに乗っている。後で容態が悪化して衰弱死した後にゾンビ化。生前の遺言通りピーターに射殺され死体はショッピングモールの観葉植物の下に埋葬される。小説版でのスティーブンとの関係はバーでの飲み仲間。
SWAT隊員
- ウーリー
- 髭を生やしたSWAT隊員。好戦的な性格の差別主義者で、アパートに立てこもったプエルトリコ人(非戦闘員を含む)を射殺するなど冷酷な人物。隊員達の制止を振り切って突撃したので、ピーターに射殺された。
- ロッド・タッカー
- SWAT隊員の一人。アパートに立てこもったプエルトリコ人に射殺され、本作で最初の犠牲者となる。
- ジェフ
- SWAT隊員の一人。アパートの一室にいたゾンビを倒すも恐怖の余りに絶望し拳銃で自殺する。
- クリス
- 黒人のSWAT隊員の一人。その後の生死は不明。
暴走族集団「ヘルズ・エンジェルス」
- ルディ
- 暴走族集団のリーダー。軍用ヘルメットを被り髭を生やしている。ピーター達がショッピングモールの物資を独占している事が気に入らず、無線を通じて彼らに宣戦布告すると武装した仲間を引き連れて襲撃したことで全面戦争の引き金となった。略奪やゾンビに悪戯を繰り返していたが、仲間がゾンビの群れに襲われたりピーターによって次々に射殺されると一目散に退散。
- ブレイズ
- 暴走族集団の一人。髭を生やしている。鉈を扱うのが得意。ゾンビに対しては、鉈で斬りつけるだけでなく馬鹿にするように小突いたり蹴りを入れていたが、ピーターに一瞬の隙を突かれ射殺された。(後に、2005年制作の「ランド・オブ・ザ・デッド」にてゾンビとして登場し、続編とも取れる演出がなされた。)
- マウジー
- 暴走族集団の一人。トミーガン(ドラム型弾倉)を装備している。逃走中ピーターに狙撃されて負傷し、乗っていたサイドカーの側車から転落する。そのまま取り残された所をゾンビの群れに囲まれ、苦し紛れに銃を乱射するもバラバラに喰い殺され死亡。
- スレッジ
- 暴走族集団の一人。髭を生やしておりバンダナを付けている。スレッジハンマーを扱うのが得意。他のメンバーと一緒になって略奪や悪戯を繰り返していたが、マウジー同様バイクで逃走中にピーターに狙撃され転倒しゾンビの群れに喰い殺され死亡。
- ペドロ
- 暴走族集団の一人。髭を生やしておりソンブレロを被っている。銃器類を扱うのが得意。終盤ではピーターによって射殺された暴走族集団が次々にゾンビの群れに襲われる中で血圧計に夢中になり、片腕を残しバラバラに喰い殺され死亡。
ゾンビ
- ミゲール
- プエルトリコ人のアパートですでにゾンビ化しており、妻の首元、腕の生肉をむしり取った。さらには取り押さえようとした隊員数名を振りほどく怪力を発揮するが、結局は射殺された。
キャスト
| 役名 | 俳優 | 日本語吹替[6] | |
|---|---|---|---|
| テレビ東京版 | ソフト版 | ||
| ピーター・ワシントン | ケン・フォリー | 内海賢二 | |
| フランシーン・パーカー | ゲイラン・ロス | 宗形智子 | 林真理花 |
| スティーブン・アンドリュース | デビッド・エンゲ | 津嘉山正種 | 森田順平 |
| ロジャー・デマルコ | スコット・H・ライニガー | 石丸博也 | |
| ブレイズ | トム・サヴィーニ | 池田勝 | 古宮吾一 |
| フォスター博士 | デヴィッド・クロフォード | 星野充昭 | |
| バーマン | デヴィット・アーリー | 筈見純 | 長島真祐 |
| ミラード・ラウシュ博士 | リチャード・フランセ | 渡部猛 | 星野充昭 |
| ウーリー | ジョン・パシィシコ | 安西正弘 | 高宮武郎 |
| ギブンズ | ダニエル・ディートリヒ | 塚田正昭 | |
| TVキャスター | ハワード・スミス | 高宮武郎 | |
| ジョーンズ | ダニエル・ディートリッヒ | 塚田正昭 | |
| SWAT指揮官 | フレッド・ベイカー | 伊井篤史 | 鏡優雅 |
| ロッド・タッカー | ロッド・スタウファー | 小滝進 | 呉圭崇 |
| マルティネス | ジョー・セルビー | 広瀬正志 | 長島真祐 |
| 神父 | ホセ・デル・グレ | 国坂伸 | 鈴木佑治 |
| 暴走族リーダー | ルディ・リッチ | 屋良有作 | 鏡優雅 |
| 暴走族マウジー | ラリー・ヴァイラ | 長堀芳夫 | 呉圭崇 |
| テレビ・ディレクター | ジョージ・A・ロメロ | 屋良有作 | 古宮吾一 |
| テレビ・プロデューサー | クリスティーン・フォレスト | 好村俊子 | |
| 不明 その他 |
小幡研二 花咲きよみ 矢野由美子 近藤真紀子 |
衣鳩志野 小宮山絵理 水野千夏 |
|
| 日本語版制作スタッフ | |||
| 演出 | 福永莞爾 | 春日一伸 | |
| 翻訳 | 吉田由紀子 | 中井真理 | |
| 効果 | 南部光庸 | ||
| 調整 | 荒川通哉 | ||
| 制作 | ザック・プロモーション | プロセンスタジオ | |
| 解説 | 深沢哲也 | ||
| 初回放送 | 1980年10月16日 『木曜洋画劇場』 |
||
- テレビ東京版 - 2010年4月23日にスティングレイより発売された、新世紀完全版DVD-BOX収録。※ ダリオ・アルジェント監修版に収録。河野基比古版(#テレビ放送バージョンを参照)を基にカットされた部分とアルジェント監修版のみに存在するシーンをソフト版のキャストで追加録音している。
- ソフト版 - 2010年4月23日にスティングレイより発売された、新世紀完全版DVD-BOX収録。※ディレクターズ・カット版を吹き替えたもの。当初はフランシーンとスティーブンもテレビ版の声優を再登板させる予定だったが、フランシーン役の宗形は引退状態で連絡が取れず、スティーブン役の津嘉山はアフレコ時の2009年末に休業していたため(2010年4月の時点では復帰している)、見送られた[7]。2013年12月20日発売のBDでは米国劇場公開版にも収録[注釈 1]。
※ディレクターズ・カット版吹替は2010年2月27日、『ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2010』にて先行上映された。
スタッフ
- 監督・脚本 - ジョージ・A・ロメロ[8]
- 脚本協力 - ダリオ・アルジェント[8]
- 製作 - クラウディオ・アルジェント[8]、アルフレッド・クオモ[8]、リチャード・P・ルービンスタイン[8]
- 撮影 - マイケル・ゴーニック[8]
- 編集 - ジョージ・A・ロメロ[9]、ダリオ・アルジェント[9]
- 視覚効果 - アーサー・J・カネストロ[9]
- キャスティング・ディレクター - ジョン・アンプラス[9]
- 衣装デザイン - ジョシー・カルーソ[9]
- 音楽 - ゴブリン[8]
- 特殊メイク - トム・サヴィーニ[8]
- 助監督 - クリスティーン・フォレスト[9]
製作
1969年5月にペンシルベニア州に開業した大型ショッピングモールのモンローヴィル・モールは、西ペンシルベニア最大規模の売り場面積を誇る複合施設で、近隣のピッツバーグ市で暮らす人にとっては格好のショッピング・スポットであった[10]。1970年初頭、ピッツバーグ在住の映画監督ジョージ・A・ロメロは、モンローヴィル・モールの管理会社であるオックスフォード・デベロップメント・カンパニーの共同オーナー、マーク・メイソンのオフィスを訪ねた。メイソンはこのショッピングモール全体が蜂の巣のように様々な経路で繋がっており、もしもの緊急事態にはここに住むことさえ可能だと冗談交じりに話した。モール店内を散策したロメロは、店舗から店舗へ歩いて行く客たちの虚ろで独特な表情を眺め、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』で農家に集まって行く生ける屍のことを思い出しながら、『Dawn of the Living Dead(原題)』の構想を練り始めた[10]。
ロメロは脚本作りを進めながら、友人のプロデューサー リチャード・P・ルービンスタインと共に映画のスポンサーを探したが、なかなか投資家を見つけられなかった。撮影が近づく中、マーク・メイソンと彼のビジネスパートナーのエディ・ルイスが資金提供の一部に同意し、ショッピングモールで撮影することも許可してくれた[10]。しかし依然として資金繰りは苦しく、ロメロとルービンスタインは世界各国の映画プロデューサーにまで資金協力を呼びかけ、映画プロデューサーのアルフレッド・クオモが入手してきた『Dawn of the Living Dead』の未完成脚本がダリオ・アルジェントの目に留まった。以前からロメロの作品を気に入っていたアルジェントは彼をローマに招待し、2人は食事をしながら話し合い、ロメロは脚本を書き進めた。アルジェントはヨーロッパ圏での配給権を得ることを条件に、資金調達の援助を約束した。さらにアルジェントはロメロの脚本にいくつかの助言をし、『サスペリアPART2』(1975年)と『サスペリア』(1977年)で組んでいたイタリアのプログレッシブ・ロックバンド、ゴブリンのスコアを提供した[11][12]。その後アルジェントは渡米し、ロメロとルービンスタインと何度も打ち合わせをした。イタリア側からダリオ・アルジェント、クラウディオ・アルジェント、アルフレッド・クオモの3名が共同プロデューサーとしてクレジットされ、彼らはイタリアの大手映画製作・配給会社ティタヌスに、事前に配給権を売却して、さらに資金を調達した[11]。映画の製作予算は、1977年10月31日の『ヴィレッジ・ヴォイス』で“約70万ドル”と言及されている[13]。ちなみに、この映画が公開された当時は製作費が150万ドルと報じられていた。しかしルービンスタインはDVDのオーディオコメンタリーで、「その金額は海外のバイヤー向けに水増しされたもので、実際の予算は約50万ドルだった」と認めている[14]。
キャスティング
ロメロはオーディションで見つけたスコット・H・ライニガーをすぐ気に入ったが、当初は彼をロジャー役に起用することを躊躇していた。それというのも、すでに身長196cmのケン・フォリーをピーター役にキャスティング済みで、2人の俳優の身長差を気にしていたからだ(ライニガーは170cm)。そんなロメロにライニガーは「15分も映画を観ていれば、ほとんどの観客はそんなことを気にしなくなるさ」と率直に告げ、ロメロは彼を映画に使うことにした[14]。 デビッド・エンゲもまた、ライニガーと同じような目に遭った。ニューヨークで俳優をしていたエンゲは、当時ロメロの恋人だったクリスティーン・フォレスト(後のロメロ夫人)と大学の演劇学科で一緒だった。フォレストから「ねぇ、ジョージ・ロメロって知ってる?」と訊ねられたエンゲは、「知ってますよ。『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』の監督でしょ」と答えた。フォレストは、そのロメロが新作映画の準備をしているからオーディションを受けてみないかと彼を誘った。早速脚本を送ってもらったエンゲはロメロと会い、最初のオーディションで2シーンほど演じた。ロメロに気に入られて翌週また3シーンを演じたが、ロメロは「実はこの映画にもう出演を決めた俳優が身長6フィートもあるんだ。君の演技は本当に気に入ったんだけど、もし君がこの映画に出るとなると、彼と並ぶシーンが多くなるだろう。だからちょっと心配なんだ」とエンゲに話した。「ジョージ、観客は最初の5分が過ぎたら、登場人物の身長差なんて気にしないよ!」とエンゲが言うとロメロは笑い出し、その日の夜遅くに「よし、君に役をあげよう」と報せてきた[15]。なお『ゾンビ』の劇中で、ロジャーとピーターがトラックの無線を通じて「ノッポ野郎」、「頼もしいチビだぜ」と互いの身長差について軽口を叩くシーンは、ライニガーとフォリーのアドリブである[14]。
ゲイラン・ロスは、ロメロがどんな映画監督か知らないまま、この映画への出演を請けていた。メインキャラクターのキャスティングが決まったあと、ロメロは『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』の試写会を催し、映画を鑑賞したロスは「これは面白くなりそうだ」と思った。その時ロスは「このフランというキャラクターをどう描くつもりなんですか? 私は泣いたり叫んだりするつもりはないです。もしそういうアプローチなら、この役をやりたいと思いません」と、ロメロに話した。そこでロメロは彼女と、“フランは被害者ではなく主体性のある女性だ”と話し合いの場を持ち、相互理解を深めていった[16]。
撮影
撮影は1977年11月にモンローヴィル・モールで始まった[17]。1977年11月28日の『ハリウッド・リポーター』では、ロケ地はペンシルベニア州ピッツバーグとその周辺で、撮影期間が4ヵ月と報じられている[13]。クリスマス・シーズンは各店舗の店先にデコレーションが施されていたために、スタッフは装飾を外して撮影を始めるまで1時間半から2時間もかかり、撮影が終了する度にクリスマス用装飾をまた元に戻さねばならなかった。しばらくするとスタッフは装飾を外したり付け直す無駄な時間の浪費にウンザリし、クリスマスが終わって店内の装飾類が撤去されるまで撮影を中断することにした[10][17]。ヘリコプターが途中で給油する飛行場は、ショッピングモールから10マイル(約16キロ)ほど離れた個人所有の私設空港“ピッツバーグ=モンローヴィル空港”で撮影した[18]。主人公たちの隠れ家となる広い倉庫はショッピングモール内にはなく、ピッツバーグ州にある空き倉庫を使って撮影された[19]。作中でピーターたちが銃を調達するガンショップも店内には実在しない店で、ピッツバーグのダウンタウンにある銃砲店でこれらのシーンを撮影したものを編集で組み込んでいる[14]。
特殊メイクを担当したトム・サヴィーニは、ショッピングモールを襲撃するバイカー集団の一員のほかにスタントまでこなし[12]、空港でピーターに襲いかかる2人の子どものゾンビは、彼の甥と姪のドナ・サヴィーニとマイク・サヴィーニだ[18]。本作でのサヴィーニの役柄はもともと脚本にはなかったが、ロメロが書き加えた。ゾンビ役のエキストラたちのメイクは夜7時頃から始め、モールが閉店する夜9時から撮影を始めていた。撮影時間は、モールの営業開始時刻の朝7時までに限られていたが、自動設定で店内BGMが定期的に流れるようになっており、スタッフの誰もが音楽を止める方法を知らなかったため、撮影中に困らされたという[17]。
レインダンス映画祭の公式サイトに掲載されている本作の草稿『DAWN OF THE DEAD The working draft 1977』[20]では、ピーターがゾンビ化した仲間のスティーブンを撃ち、その後で自分の頭部も銃で撃って自殺。銃声が聞こえた直後、屋上にゾンビが溢れ出して、フランはピーターが死んだことを知る。絶望したフランは回転するヘリコプターのローターの前で立ち上がり、頭部を切断された彼女の遺体が屋上に倒れ込むという絶望的な終わり方だった。エンドロールの途中でヘリのローターは徐々に回転が落ちて停止し、どのみちショッピングモールを脱出しても燃料はすぐに尽きていたことを示唆するエンディングである[21][22]。サヴィーニの話によると、この暗いエンディングの撮影が始まる前に、登場人物たちに愛着を感じていたロメロはスタッフ会議を開き、結末を変更したとのこと。ロメロは彼らが死ぬところを見たくなかったのだ[21]。『ゾンビ』の助監督クリスティーン・フォレストが、あまりにも救いのない結末は撮るべきではないと、ロメロに進言したことも大きかった[23]。
2004年の『ゾンビ』製作のドキュメンタリー作品『The Dead Will Walk』で、ケン・フォリー、ゲイラン・ロス、トム・サヴィーニ、クリスティーン・フォレスト(クリスティーン・ロメロ)、そしてジョージ・ロメロが、没にしたアナザー・エンディングについても語った。ロスはヘリのローターで頭部を切断するフランの自殺を「凄く強烈な終わり方だと思った。でも彼ら(スタッフ)が、なぜあの終わり方を選ばなかったかも理解できるわ」と話した。サヴィーニは「登場人物たちがあれだけ多くの苦難を乗り越えたからこそ、ロメロは希望のある結末を選んだんだ。“そうだ、ピーターたちを開放しよう”とね」と述べた。こうしてロメロは完全なるハッピーエンドではないにせよ、ピーターとフランがヘリでいずこかへ旅立つ、僅かに希望を持たせるラストシーンを撮影した[23]。ただしサヴィーニは『ドキュメント・オブ・ザ・デッド』で、このアナザー・エンディングの一部分だけはテスト撮影したことを認めている[21][24]。その根拠としてサヴィーニは自身の公式サイトで、ゾンビだらけのアパートをSWATチームが襲撃する映画序盤で、頭部が爆発するアフリカ系アメリカ人に似せて作り直したフランのダミーヘッドを含む、4枚の写真を掲載した[25]。アフロヘアーのウィッグを被せたゲイラン・ロスのダミーヘッドは、至近距離から本物のショットガンで撃って破裂させた[17]。こうして映画の撮影は、1978年2月に完了した[10]。ゾンビを演じた200人のエキストラたちには、謝礼の1ドルとドーナツ1個、そして『ゾンビ』のTシャツが配られたとのこと。本作に出演したエキストラ、特にアップで映るゾンビ役は制作スタッフの友人や親戚だった[14]。
ポストプロダクション
ロメロは映画祭上映用のラフカット版を編集した後、127分の劇場公開版を完成させた。ロメロが編集したバージョンがあまり気に入らなかったアルジェントは、映画の筋運びを早くするべく119分に短縮したバージョンを作り、ロメロ編集版に使われていた既存のライブラリー音楽をゴブリンが新たに作曲した音楽に差し替えて、イタリア向けにタイトルを『ZOMBI』に変更した[12][26]。クラウディオ・アルジェントの談話によると、ロメロから送られてきた編集版は2時間50分もあり、映画のリズムを損なったものだったという[19]。ロメロもゴブリンの音楽が気に入り、米国公開版にその一部を使った[27]。
ロメロとプロデューサーは、アメリカの映画審査機関MPAAのX指定がポルノ映画を連想させ、映画のイメージを損なって興行に悪影響を与えると感じていた。ロメロは全米劇場所有者協会の演説で、露骨な性的描写が含まれない成人向け映画には、新しいレーティングを設けることで映画に経済的メリットがあることを訴えた。その一方で一部の映画館と報道資料では、『Dawn of the Dead』がR指定だと報じられ、MPAAは1979年4月と1982年6月の2度にわたって、レーティングの不当な使用に対して上映者に法的措置を取ると圧力をかけていた。その結果ロメロは“18歳未満の入場は禁止”という警告を付けた上で、MPAAの承認マークがないまま、この映画を無審査で公開することに決めた[12][13]。
公開
1978年9月1日、アルジェントの編集版がイタリアのトリノで逸早くプレミア上映された[2]。日本ではイタリア公開版の残酷シーンに静止画やカラーフィルター処理を施し、死体が蘇った理由付けのテロップを冒頭に付けたものが1979年3月10日に公開された。映画冒頭の惑星爆発シーンは、SFパニック映画『メテオ』の未使用カットを流用したという説がある[27]。アメリカ向けの126分の編集版は、1979年4月7日にテキサス州ダラスの映画祭で初上映され、翌週末の4月13日にはペンシルベニア州ピッツバーグの劇場で公開された。さらに翌月にはシアトル国際映画祭や、カリフォルニア州 ロサンゼルスへと公開が拡大していった[2]。
米国と、それ以外の国での興行成績は好調で、公開から1ヵ月でアメリカ国内の収益は500万ドルを超えた。1979年10月24日付けの『バラエティ』誌の記事によると、全世界の興行収入は2,400万ドルに達し、特に日本、イタリア、ドイツでの堅調な収益が貢献したと報じている[13]。製作費65万ドル(公称)に対し国際興行収入は4,990万ドルで[13]、最終的な全世界での興行収入は5,500万ドルと[4]、ロメロが監督したリビング・デッドシリーズで最も収益性の高い映画となった。
評価
レビュー・アグリゲーターのRotten Tomatoesによると、62人の批評家のうち92%が肯定的評価を示し、平均評価は10点満点中8.7点。同サイトの総評は「史上最も魅力的でエンターテインメント性豊かなゾンビ映画のひとつであり、純粋なホラーやグロテスクな描写と、物質主義社会に対する社会風刺が見事に融合している」というもの[28]。
1979年5月11日付の『ロサンゼルス・タイムズ』で、ケヴィン・トーマスは「野心的であると同時に恐ろしい作品で、最も独創的なアメリカ映画のひとつ」と肯定的な批評を寄せている[13]。『シカゴ・サンタイムズ』の映画評論家ロジャー・イーバートは「史上最高のホラーにして、最も恐ろしい映画のひとつだ。吐き気を催すほど不快で残忍だが、同時に上手く作りこまれており、アメリカの消費社会を風刺した見事な映画である」と絶賛し、4点満点中4点を与えた[29]。
『シカゴ・トリビューン』の批評家ジーン・シスケルも「ゾンビたちがショッピングモールの店内をよろめきながら歩き、ふらついて水たまりに落ちたりする姿にきっと笑ってしまうでしょう。前作『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を未見の人には、生ける死者が地上に溢れる冒頭にやや戸惑うかも知れませんが、『ゾンビ』にはある種の魅力があり、きっと印象に残ると思います」と好評して星3つをつけた[30]。『オースティン・クロニクル』のジェリー・レンショーは、「私はこの映画を公開当時にドライブインシアターで観て以来、数えきれないほど見返している。20年経った今でも、十分に楽しめる作品だ。今なお、ホラー映画の決定版といえる」と絶賛した[31]。
否定的な評としては、女性評論家ジャネット・マスリンが「肉食ゾンビに対する私の個人的な不満」から、15分で途中退席したと1979年4月19日付の『ニューヨーク・タイムズ』誌に書いた[32]。『ワシントン・ポスト』のゲイリー・アーノルドは、「笑える場面や台詞もいくつかあるのだが、残虐なシーンと血みどろ描写があまりにも多いので、ユーモアを楽しむのが難しい」というレビューを載せた[33]。
ピーター役で出演したケン・フォリーは、2024年4月に『ゾンビ』の仕事を振り返るインタビューで、当時の思い出を以下のように回顧した。
ジョージ(ロメロ)は私たち出演者に、自由に探究する余地を与えてくれました。この映画の中には掘り下げるべき要素がたくさんあったということです。幸いなことに私たち4人は皆、同じ認識を共有して、同じ方向を向いていました。だからこそ全員がキャラクターを完璧に演じきることができたのです。それがこの映画が、これほどまでに成功している理由でもあります。これはサバイバルと、思いやりと、退廃を描いた素晴らしい映画で、絶妙なタイミングで喜劇の要素も入っている。単にゾンビの頭が破裂するだけの映画じゃないんだ。 — ケン・フォリー [34]
バージョン違い
本作には大きく分けて下記のバージョンが存在する。日本劇場公開版以外はBD/DVDで視聴可能。
- 米国劇場公開版
- 北米で劇場公開されたバージョンで、日本ではCIC・ビクター ビデオから最初にソフト化されたバージョン。本編127分。
- ロメロ独特の暗い味付けが特徴。ただし、ソフト化の際に若干の修正が加えられたため、厳密な意味での米国劇場公開版ソフトはリリースされていない。
- ダリオ・アルジェント監修版
- アジアやヨーロッパなどで世界中で一番多く劇場公開されたバージョン。日本劇場公開版のオリジナル版でもある。本編119分。
- サバイバルアクション風な編集が特徴。ゴブリンの曲が全面的に使われているほか、音響効果もすべてアルジェントによる編集で差し替えられている。
- 日本劇場公開版[35]
- 日本ヘラルド映画配給。ダリオ・アルジェント監修版を元に、以下の日本独自の変更を付加されて劇場公開されたバージョンで、本編115分。
- 冒頭に惑星爆発シーン(『メテオ』のフッテージからの流用とされる[36])と、それによる放射線が降り注いだことがゾンビ発生の原因という説明が付加されている[注釈 2]ほか、一部シーンのカット、残酷シーンの静止画処理やモノクロ処理が行なわれているうえ、エンドクレジットが削除され、ブラックアウトしたまま劇伴が流れる。
- 予告編では、1963年公開の東宝映画『マタンゴ』に登場するマタンゴ怪人の声が使用されている[37]
- 字幕翻訳:野中重雄[38]。
- 日本初公開復元版[39]
- スティングレイ、フィールドワークスの提供・企画協力により、上記の版を復元してザジフィルムズによる配給で2019年11月29日から劇場公開されたバージョン。本編115分。
- 関係者やファンへ詳細なヒアリングを行い、冒頭シーンのCGによる再現、残酷シーンの静止画・モノクロ処理、字幕の再現が施されている。クラウドファンディング「日本公開40周年! 映画『ゾンビ ─日本初公開復元版─』劇場公開サポーター募集!」のリターン品のひとつとしてBD化されたが、一般販売は行われていない。ただし、国立国会図書館に寄贈されているため、同館内での視聴は可能である[40]。
- ディレクターズ・カット版[41]
- ロメロがカンヌ国際映画祭へ出品するためにラフカット版から編集したバージョン。本編139分。
- ショッピングセンター内の生活描写や、ボート基地で偽警官たちとの遭遇シーンが長い。撮影終了から映画祭開催までの期間が短く、粗い編集しかできなかったためか、ロメロは後のインタビューで「不満足な出来だ」と公言している。
その他のバージョン
- ラフカット版
- アルジェントにも送られたノーカットオリジナル版とされるもの。約170分[19]。
- 2021年時点で公開およびソフト化はされていないが、メイキング集『ドキュメント・オブ・ザ・デッド』で、そのごく一部を見ることができる。
- ドイツ語ファイナルカット版
- ドイツで発売されたPAL仕様のDVDソフト。アルジェント版をベースに、ディレクターズカット版のシーンを強引に加えて編集したもの。約156分。
- 製作45周年コレクターズ・エディション版
- アルジェント版とディレクターズ・カット版をチャプタープレイで繋ぎ合わせたもの。「ゾンビ 製作45周年コレクターズ・エディション」Blu-ray(2023年1月27日発売)に隠しコマンドで収録されている。約149分。
テレビ放送バージョン
本作は東京12チャンネル(現:テレビ東京)の『木曜洋画劇場』で2回放映され、それぞれが微妙に異なる内容となっている。また、冒頭の惑星爆発シーンも日本劇場公開版とは編集がまったく異なっている。
- 深沢哲也版(通称・サスペリア版)
- 1980年10月16日のテレビ初放映バージョン。タイトルは『衝撃SFサスペンス ゾンビ 地球SOS 死者が甦った日』。
- 解説は映画評論家・深沢哲也。日本劇場公開版を元に残酷シーンのほとんどと、主人公たちがヘリでフィラデルフィアを飛び立ってからショッピングセンターへ着陸するまでの経過などが削除され、約90分に収められている。特徴的なのは音楽で、多くが同じゴブリンによる映画『サスペリア』と『ローマ麻薬ルート大追跡』のBGMや、ジャン・ミシェル・ジャール『軌跡』の曲(ショッピングセンターへ着陸する部分で流れる曲)へ差し替えられている。オープニングBGMには、イエスの『海洋地形学の物語』の曲が使用されている。
- 当時プロデューサーをしていた柳沢隆行によれば、権利元とのトラブルにより音源を確保できず[注釈 3]、納品5日前に制作会社の独断で先述の2作の音源[注釈 4]を中心に差し替えた。そのため、柳沢は放送1週間後に『サスペリア』の権利元から楽曲使用料を請求されるまで、事態を把握していなかった。また、楽曲使用料の問題からソフトへの転用は行われていない。
- 台詞についても、内容を分かりやすくするために日本語吹替独自のものへ変更されている。冒頭のテレビ局で博士が自説を開陳するシーンでは「惑星イオスが爆発したために死者が甦った」などと、テレビ放映独自の設定が強調されている。また、フランの妊娠に対するピーターの立場は中絶を勧めるオリジナルと正反対となっており、ラストでヘリの燃料の残量を訊ねるピーターの台詞が「赤ん坊を育てる場所を見つけなきゃ」と「まかしときぃ〜!」へ変更され、ハッピーエンド色が強くなっている。新世紀完全版DVD-BOXのコレクターズ・ディスクでは、隠しコマンドで冒頭の惑星爆発シーンとラストのピーターのセリフのみ閲覧できる。
- 河野基比古版(再放送版)
- 1982年7月1日放映バージョン。解説は映画評論家・河野基比古。分数や編集や台詞は深沢哲也版とほぼ同じであるが、権利元から1981年3月に素材が送られてきた結果、音楽を日本劇場公開版にダビングし直した。また、ラストのピーターの台詞も日本劇場公開版に即したものへ変更されている。DVD/BDのアルジェント監修版には、このバージョンに追加録音を行ったものが収録された。
サウンドトラック
サウンドトラックCDは通常盤(10曲収録)とコンプリート盤(16曲収録)の2種が発売された。ただし、コンプリート盤にも収録されていない曲(フランがクリッシュナゾンビに襲われるシーンで流れる曲)が存在する。2004年6月には、ロメロ編集版の本編に使用されたライブラリー音源のみを集めたアルバム「Dawn of the Dead」がアメリカのTrunk社からリリースされた。エンドロールにも用いられた、ショッピングモール店内の呑気な音楽“The Gonk”が収録されている。
映像ソフト
- VHS
- レーザーディスク
- DVD
-
- ゾンビ:ドーン・オブ・ザ・デッド〜ダリオ・アルジェント監修版〜(1999年10月25日、ハピネット BIBF-1125)
- ドーン・オブ・ザ・デッド ゾンビ:ディレクターズ・カット・エディション(1999年12月18日、ハピネット BIBF-1187)
- ゾンビ 米国劇場公開版(2004年7月23日、ハピネット BIBF-4666)
- ゾンビ ダリオ・アルジェント版〈スマイルBEST〉(2007年12月21日、ハピネット KBIBF-1125)
- ゾンビ ディレクターズカット版〈スマイルBEST〉(2007年12月21日 ハピネット KBIBF-1187)
- ゾンビ 米国劇場公開版〈スマイルBEST〉(2007年12月21日、ハピネット KBIBF-4666)
- ゾンビ 新世紀完全版DVD-BOX(5枚組[注釈 7])(2010年4月23日、スティングレイ STDX-0007)日本語字幕:長友紀裕
- ゾンビ ディレクターズカット版 HDリマスター・バージョン(2010年10月2日、ハピネット BBBF-8624)
- ゾンビ ダリオ・アルジェント監修版 HDリマスター・バージョン(2010年11月4日、ハピネット BBBF-8625)
- ゾンビ 米国劇場公開版 ニューマスター&ワイドバージョン(2010年11月04日、ハピネット BBBF-8626)
- Blu-ray Disc
-
- ゾンビ 製作35周年記念究極版ブルーレイBOX(3枚組 BD-BOX[注釈 8])(2013年12月20日、『ゾンビ』BD発売委員会 BBXF-9409)
- ゾンビ -ディレクターズカット版- 【HDリマスター版】(2013年12月20日、『ゾンビ』BD発売委員会 BBXF-2061)
- ゾンビ -ダリオ・アルジェント 監修版- 【HDリマスター版】(2013年12月20日、『ゾンビ』BD発売委員会 BBXF-2062)
- ゾンビ -米国劇場公開版- 【HDリマスター版】(2013年12月20日、『ゾンビ』BD発売委員会 BBXF-2063)
- 日本公開40周年! 映画『ゾンビ ─日本初公開復元版─ (2019年11月30日、フィールドワークス STFW-0001)
- allcinema SELECTION ゾンビ 製作45周年コレクターズ・エディション (2枚組[注釈 9])(2023年1月27日 「ゾンビ」製作45周年委員会 STDF-0067)
関連ソフト
- ドキュメント・オブ・ザ・デッド〜ジョージ・A・ロメロのゾンビワールド(LD)(1995年9月21日、ハピネット・ピクチャーズ SHLY-51)
- ドキュメント・オブ・ザ・デッド 製作35周年特別版(Blu-ray Disc+DVD[注釈 10])(2014年7月2日、『ドキュメント・オブ・ザ・デッド』発売委員会 BBXF-2058)
- DOCUMENT OF THE DEAD THE SPECIAL EDITION (1998年 Synapse Films)
ノベライゼーション
- ジョージ・A・ロメロ、真野十郎 訳『死者たちの夜明け』ヘラルド出版(原著1979-4-6)。
- ジョージ・A・ロメロ、スザンナ・スパロウ、藤原良寛 訳『ゾンビ』ABC出版(原著1994-10-1)。ISBN 4900387746。
備考
ナタで頭を割られるゾンビ役のレナード・ライズは、アメリカで開催されているホラー映画コンベンションの常連である。自分のブースでは、撮影に使ったナタと同型の模型や自分の頭を割られるシーンをプリントしたTシャツなどを販売している。
2019年11月29日には、CGによって冒頭の映像を復刻したうえで関係者やファンへのヒアリングによって日本初公開当時を再現した「日本初公開復元版」[42]がヒューマントラストシネマ渋谷をはじめ日本各地にて順次公開され、その前日にヒューマントラストシネマ渋谷にて開催されたプレミア上映会にはケン・フォリーとゲイラン・ロスが登壇し、スコット・H・ライニガーからのビデオメッセージが上映されたほか、ゾンビ好きで知られる俳優の磯村勇斗も登壇した[39]。
リメイク
脚注
注釈
- ↑ 米国劇場公開版BDに収録されている日本語吹き替え版は、ディレクターズ・カット版のものをベースに再編集したものであることから、「日本語吹替は、吹替制作の際に効果音と音楽を再現した箇所があるため、原音とそれらが異なる箇所がございます。予めご了承ください。」とパッケージに注意書きがされている。
- ↑ それまでの米国劇場公開版やダリオ・アルジェント監修版では、明確に説明されていなかった死者たちの復活する理由を補完するため、冒頭に「19XX年 未知の惑星から不思議な光線が地球に到達 この謎の光線は地上の死者をよみがえらせた
生ける屍 ()は人肉を求めて--」という説明テロップを付加している。 - ↑ 権利元から提供されたのは、吹替制作に使うシネテープではなく状態の悪い6mmテープだった。当時は諸事情で音源が確保できない場合はサントラLPを流用して対応していたが、公開から年月が経っていたためにLPを入手できなかった。
- ↑ 他局での放送用にサントラLPが確保されていた。
- ↑ 『ディレクターズカット完全版』と『ダリオ・アルジェント監修版』をセットにしたLD-BOX
- ↑ デジタル・リマスターされた『ディレクターズカット完全版』本編と特典ディスクに加え、ゴブリンのサントラ復刻盤のセット
- ↑ ダリオ・アルジェント監修版、ディレクターズ・カット版、米国劇場公開版、特典ディスクと2008年1月にカナダで放送されたドキュメンタリーテレビ映画『ゾンビマニア』のDVDをセットにしたDVD-BOX。
- ↑ ディレクターズ・カット版、ダリオ・アルジェント監修版、米国劇場公開版をセットにしたBD-BOX。
- ↑ ディレクターズ・カット版、ダリオ・アルジェント監修版をDisc-1に、アルジェント監修版の4:3フルフレーム版をDisc-2に収録。
- ↑ 『ドキュメント・オブ・ザ・デッド』(BD)と「ドキュメント・オブ・ザ・デッド【2012年最終版】』(DVD)のセット。
出典
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- ↑ ゾンビ - 作品情報・映画レビュー -:キネマ旬報WEB
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- ↑ “ゾンビ = Zombie : 日本初公開復元版”. 国立国会図書館サーチ. 国立国会図書館. 2024年4月27日閲覧。
- ↑ “ゾンビ ディレクターズカット完全版”. 映画.com. 2026年5月3日閲覧。
- ↑ “日本公開40周年!『ゾンビ ─日本初公開復元版─』公式サイト”. 2020年10月16日閲覧。
参考文献
- 矢澤利弘『ダリオ・アルジェント 恐怖の幾何学』ABC出版、2007年3月1日。 ISBN 978-4-900387-98-0。
- 『別冊映画秘宝 オール東宝怪獣大図鑑』洋泉社、2014年3月27日。 ISBN 978-4-8003-0362-2。
外部リンク
- DOTDのページへのリンク