冤罪ファイル 波崎事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/03/15 05:07 UTC 版)
現在、削除の方針に従って、この項目の一部の版または全体を削除することが審議されています。 削除についての議論は、削除依頼の依頼サブページで行われています。削除の議論中はこのお知らせを除去しないでください。 この項目の執筆者の方々へ: まだ削除は行われていません。削除に対する議論に参加し、削除の方針に該当するかどうか検討してください。また、本項目を既に編集されていた方は、自身の編集した記述内容を念のために控えておいてください。 |
波 崎 事 件 そ の 概 要
波崎事件は、1963年に茨城県鹿島郡波崎町で起きた「保険金目当ての殺人事件」というものです。被告・死刑囚とされたTさん(当時46歳・漁業関係者)が連れ合いのNさんのイトコの男性Oさん(当時35歳・農業)に青酸化合物を飲ませて殺害したとして逮捕され、1976年に最高裁で死刑が確定したのです。そして40年もの獄中生活の末、2003年9月3日に東京拘置所で慢性腎不全で獄死しました。その1963年8月25日の深夜、OさんはTさん宅を辞去する際、Tさん所有のトヨペット・コロナを借りて約1・2キロ先の自宅へ帰りました。そして連れ合いのSさんと、その日あったことを話すなどして就寝し数分後、嘔吐しながら苦しみだし波崎済生会病院に担ぎ込まれそこで死亡しています。 Oさんは「Tに薬を飲まされた」旨のことを口走っていたと連れ合いのSさんが言い出したことから遺体は解剖され、その結果胃の内容物に青酸反応が認められたとなっています。しかし青酸化合物は多くの場合、飲んだ瞬間即死に近い状態になりますから、時間的に矛盾が生じます。そこで警察・検察はOさんがTさん宅を辞去する際、カプセルに青酸化合物を詰めたものをTさんが飲ませ帰宅させたという筋書きにしたのです。
生 命 保 険 の 契 約 過 程
Tさんは当時、東邦生命の保険勧誘員の再三再四の勧めに遭い、自分を受取人にしてOさんに200(死亡時600)万円の生命保険を掛ける手続きの渦中にいたのです。ところが東邦生命が「連れ合いのイトコでは関係が遠くて契約に無理がある」と クレームをつけてきました。Tさんは自分から望んで申し込んだわけでもありませんから「そんな難しいことを言うならキャンセルする。掛金を返してくれ」と東邦生命へ何回も電話しているのです。しかし勧誘員はそれでは自分の成績になりませんから、Oさんの連れ合いのSさんとTさんの二人を受取人にして、掛金を支払っているTさんの了解をとることなく、契約の手続きを進めていました。
- 冤罪ファイル 波崎事件のページへのリンク