鵜殿松平家とは? わかりやすく解説

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鵜殿松平家

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/07 00:15 UTC 版)

鵜殿松平家(うどのまつだいらけ)は、三河国発祥の松平氏の庶流。十八松平の一つとされるが不明な点が多く、その出自・存在事実は詳らかではない。


  1. ^ このほかに、松平信孝の家を械(合歓木)松平家、松平康孝の家を三木松平家とする説がある
  2. ^ 今泉鐸次郎『牧野家譜 上』(長岡史料刊行会、1921年)
  3. ^ 新井白石『新編 藩翰譜 第一巻』(人物往来社、1968年)
  4. ^ 中村孝也『徳川家康の族葉』(講談社、1965年)pp94-96
  5. ^ 盛本昌広『松平家忠日記』(角川出版、1999年)p-13
  6. ^ 平野明夫『三河松平一族』(新人物往来社、2002年)pp91-92
  7. ^ なお、尾張国梅森城(日進市梅森台1丁目眺景寺付近)城主となった松平三蔵某を佐々木松平家の忠倫の弟とし、実名を信次とする向きもあるが、この三蔵の実名については他に忠就・直勝・信重等の諸説があって一定しない。
  8. ^ 五井は愛知県蒲郡市五井町、深溝は同額田郡幸田町であり、ともに上郷城(西郡城)から約5kmの範囲に含まれる。
  9. ^ 『断家譜』は上郷・鵜殿長照を西郡城主とし、その娘は「松平主殿助伊忠妻」と記すが、長女(松意)の記載は無い。下郷・鵜殿長存は上郷・鵜殿長持の叔父(父の弟)にあたる。田畑喜左衛門『断家譜』(続群書類従完成会、1968年、巻15・鵜殿氏(藤原) pp95-97)。
  10. ^ 鵜殿八郎三郎康孝については、盛本昌広『松平家忠日記』(角川出版、1999年)p-7(深溝松平氏系図)および、pp13-16の記述による。
  11. ^ a b 子孫は鵜殿氏を称す。


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